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3443通信 No.380

 

クルーズ船『飛鳥II』で往く
『伊東花火と阿波踊りクルーズ』に参加しました

図00

院長 三好 彰


 例年にくらべて雨の多い夏、お盆期間中も台風13、15号が東側から日本に接近するなど、なんとも予測しづらい天候の中、横浜港発着のクルーズ船『飛鳥II』で往く伊東花火・阿波踊りクルーズに参加してきました。
 旅の行程は以下の通りです。


【旅 程】
 8月9日(日)、横浜港を出航。
 8月10日(月)、静岡県伊東市に寄港。夜に按針祭の花火を鑑賞。
 8月11日(火)~12日(水)、徳島県小松島に寄港。阿波踊りなどを鑑賞。
 8月13日(木)、クルージング。
 8月14日(金)、横浜港に帰港。


 本ツアーの見所は、静岡県伊豆半島の伊東市で開催される按針祭(あんじんさい)の花火大会と、徳島県で400年以上の歴史を持つ阿波踊りの観覧です。

日本初の洋式帆船を作ったイギリス人
 まず、伊東市の按針祭についてご紹介します。
 按針とは航海士や水先案内人を指す言葉です。大分県に漂着したオランダ船リーフデ号に乗船していたウィリアム・アダムスを徳川家康が気に入り、三浦按針という和名を授けて外交顧問に任じました。
 その後、天下分け目の決戦に勝利した徳川家康は西洋の優れた科学技術に着目し、按針に西洋式帆船の建造を命じます。

 按針が建造した船は計2隻。

 1隻目は、試作として小型の80トンクラスの様式帆船(1604年完成)を。1607年にはより大きな120トンクラスの様式帆船『サン・ブエナベンツーラ号』を造り上げました。これが日本初となる様式帆船となりました。
 余談ですが、我らが仙台の戦国大名・伊達政宗公が建造を命じた慶長使節船『サン・ファン・バウティスタ号』もほぼ同時期に建造されていますが、こちらは500トンクラスの本格的な大型ガレオン船であり、その規模の大型帆船としては日本初と言われています。

 さて、この按針という人物ですが、先般2024年にハリウッドで制作・公開されたドラマシリーズ『SYOGUN 将軍』の主人公のモチーフとなった人物でもあります。それまで俳優としてハリウッドなどで活躍していた真田広之氏が、プロデューサーとして制作の指揮と主演を演じたことで大変話題となりました。
 その前身となる映画『ラストサムライ』では、トム・クルーズと共演した真田氏でしたが、どこかアメリカナイズされた日本の情景や設定に違和感を覚えたそうです。それ以後も、真田氏は俳優としてではなくプロデューサーとしての影響力を獲得するように努め、晴れて日本人から見た時代劇をハリウッドで作るというチャレンジに挑んだのが、この『SYOGUN 将軍』というドラマだと語っておられました。

 その按針の偉業を称えた催しが、彼が様式帆船を造り上げた現在の伊東市で開催されています。
 8月9日(日)の夕方に横浜港を出港した飛鳥II(図1、2)は、夜の内に西進して伊東市へ到着(図3~5)。その日の夜に催される按針祭の花火大会を待ちます。

図01 図02
 図1 飛鳥IIの出航を見送る観衆      図2 いざ、出港

図03 図04
 図3 暮れなずむ太平洋     図4 遠くに富士山が見えます

図05
 図5 夜の伊東市


按針祭・夜の花火大会
 すっかり夜も更けた頃、突如夜空を照らす大輪の花火が打ち上がりました。海上に浮かべられた5つの台船から約2万発の花火が立て続けにその花を咲かせます。打ち上げ時間を微妙にずらすことで端から端まで連鎖するように花開く演出が、とても迫力があり綺麗でした(図6~25)。

図06
 図6

図07 図08
 図7                     図8

図09 図10
 図9                    図10

図11 図12
 図11                    図12

図13 図14
 図13                    図14

図15 図16
 図15                    図16

図17 図18
 図17                    図18

図19 図20
 図19                    図20

図21 図22
 図21                   図22

図23 図24
 図23                    図24

図25
 図25


徳島へ到着
 昨夜の花火大会を鑑賞し終えた一行は、その日の内に伊東市を発ち、四国方面へ向けて進んでいきます。
 朝、朝日を背に浴びる飛鳥II(図26)は順調に航海を続け、9時頃には紀伊半島沖に到達(図27)。真っ青な太平洋の向こうに紀伊半島を望みながら、昼過ぎには本州と四国の間を通る紀伊水道へと入り、徳島県の小松島に寄港(図28)しました。
 ここではオプショナルツアーとなる、四国と淡路島を繋ぐ鳴門大橋と潮流によって生まれる渦潮見学に参加しました。

図26
 図26 朝日を背にして進む飛鳥II

図27 図28
 図27 青い海              図28 緑色の紀伊水道


うずまく渦の道
 鳴門海峡(図29)は世界三大潮流の一つに数えられており、その激しい流れによって巨大な渦潮が出来ることでも有名で、四国と本土を繋ぐ鳴門海峡大橋や船でその壮大な自然現象を見ることが出来ます。

図29
 図29 鳴門大橋の下で渦巻く渦潮


 渦潮の出来る理由は、太陽と月による潮の満ち引き(潮汐)と、海峡の中央部を流れる早い潮の流れ(本流)が関係しています。鳴門海峡は、その中央部が水深100メートルまで落ち込んだ逆三角形となっており、そこを流れの速い本流が流れています。この本流は潮の満ち引きによる海面差によって、その都度北向きと南向きに流れが変化します。
 この時、岸に近い海峡両端の海水が、流れの速い本流によって巻き込まれて大きな渦を形成します。これが渦潮です。
 最大で20~30メートルもの渦潮が出来ることもあり、その規模は世界最大級と言われています。

 今回は、渦潮を目の前で鑑賞できる観潮船に乗っての渦潮見学です。
 鳴門観光汽船㈱では、2種類の観潮船があります。
 一隻目は『わんだーなると』という大型観潮船で、二隻目は水中展望室を備えた小型船『アクアエディ』です。私たちは二隻目の『アクアエディ』(図30)に乗船しました。

図30
 図30 観潮船『アクアエディ』


 岸を離れた観潮船『アクアエディ』は北へ進路を取り、鳴門海峡へと向かいます。やがて海を跨ぐ巨大な大鳴門橋と、白波の立つ鳴門海峡が見えてきました。
 日本を東から横断した台風13号の影響もあってか、海面にはかなりはっきりとした渦潮(図31)がいくつも散見され、それと同時に船もグラグラと大きく揺れます。
 大きな渦に突っ込んでいく様子は、なかなか恐怖を煽られる光景ではありますが、その分だけ迫力はお墨付きです。

図31
 図31


 船の船底にある水中展望室に移動すると、ブルーライトに照らされた区画にベンチが設置されていました(図32)。そして壁面に備え付けられた窓の外には、激しく流れる海面下の渦潮の姿がありました(図33)。もはや映画のワンシーンを彷彿とさせる大迫力の光景に言葉を失ってしまいます。
 写真では伝えきれないので、ぜひ一度現地に足を運んでみて下さい。
 その時は、お供の台風も忘れずに!
 自然の絶景を堪能した私たちは再び飛鳥IIへと戻り、深夜に小松島港を出航。翌日は一日かけて太平洋をクルーズし、横浜港へと帰港しました。
(三好家のルーツの一つでもある徳島名物”阿波踊り”見学は、暑さにより断念しました。ご先祖様申し訳ありません。)

図32 図33
 図32 アクアエディの船底に設けられた水中展望室  図33 激しい水流


おまけ
 船旅の楽しみの一つに多種多様な食事があります。
 長い航海を飽きさせないため、飛鳥IIにはフルコースが楽しめるレストランからビュッフェ、カフェ、お寿司屋さんなどが揃っています。本レポートの最後に、提供された料理の一部(図34~38)をお見せして締めと致します。

図34 図35
 図34 黒毛和牛のステーキ           図35 デザート

図36 図37
 図36 茶そばと稲荷ずし            図37 特製うな重

図38
 図38 讃岐うどん!


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