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3443通信 No.358

 

スギ花粉症トピックス
スギ花粉症と大気汚染にまつわる俗説について

院長 三好 彰


 いまだ日本でスギ花粉症の実態が解明されていない時代、スギ花粉症の原因を巡って様々な仮説は俗説が唱えられてきました。
 特に、現代においても根強く語られているのがスギ花粉症悪化の原因は大気汚染にあるとの説です。

 その詳細については記事『アレルギー性鼻炎と大気汚染』(3443通信 No.312)に詳しいですが、一見すればつい納得してしまいそうに聞こえますが、お話を紐解いていけば多くの方が想像するスギ花粉症と大気汚染との繋がりは勘違いであることがご理解頂けると思います。

 さて、最近私が購読した書籍『朝日新聞が財務省の犬になった日』(大村大次郎 著、夕日書房)の中にスギ花粉症と大気汚染に関する話題が記述されていました。
 以下、その部分(書籍P.181)を抜粋します。

表紙


「この花粉症の原因は、植物の花粉(主にスギ花粉)だとほとんどの国民は思っている。たしかに花粉が原因のひとつであることは事実である。しかし、もうひとつ大きな原因があるのだ。
 それは「排気ガス」などの大気汚染である。特にディーゼルエンジンによる排気ガスが、花粉症の大きな原因となっていることがわかっているのだ。
 花粉というのは大気汚染が介在することで、アレルギーを増幅させ、多くの人々に花粉症の症状を生じさせているのだ。」

さらに大村氏はP.184にて、こう書いています。

「ちなみに花粉症という病気は日本特有のものである。
 世界中にスギ花粉は飛来しているはずだが、花粉症に苦しんでいるのは日本人だけなのだ。」


 私はこれらの内容を拝読した上で、以下のような文章を出版社経由で大村氏へ送りました。

「私は、宮城県仙台市にあります三好耳鼻咽喉科クリニックの三好彰と申します。
この度、御社発行の大村大次郎氏の著「朝日新聞が財務省の犬になった日」をとても興味深く拝読させて頂きました。

さて、そのご著書の中で私の専門領域であるスギ花粉症(アレルギー)についての記載に、患者に誤解を招く恐れがありましたため、筆をとった次第です。

 お伝えしたい事は2点ございます。

1.スギ花粉症の原因について
 まず一つ目ですが、スギ花粉症の原因が「排気ガス」にあるという論拠について、これは私どもの研究グループによって否定された俗説です。
 過去に日本耳鼻咽喉科学会などにおける学会発表や論文(以下URLに、内容をまとめたエッセイがあります)にも記しておりますが、大気汚染物質そのものにアレルギー症状を悪化させる効果があるのかは、いまだ確定的ではなく推論の域を出ておりません。
 著者が述べられているように、大気汚染物質に付着したアレルギー物質(スギ花粉など)が都市部のアスファルトでは土中に吸収されず、空気中に再飛散することで人体内に入る可能性は十分に考えられます。

 ですが、それは単に人体がアレルギー物質自体に晒される暴露時間が増加しているだけとも考えられるため、大気汚染物質そのものにアレルギー増悪作用があるとは断言できないと思われます。

 私は、この大気汚染説が取り沙汰されていた当時、東京都に大規模なディーゼル規制を敷いた石原慎太郎都知事に質問状を送り、その科学的根拠について疑義を申し立てた事があります。
 その結果、石原氏はあれほど厳しく言及したディーゼル規制を撤廃し、花粉症が深刻化した原因は「林野行政に失敗」と、論拠を変えたという事実があります。

 それらの経緯については、当院ホームページにて公開しておりますので、ぜひご一読頂ければ幸甚です。

 URL: https://www.3443.or.jp/news/?c=18093 (3443通信 No.312)

2.花粉症は日本特有なのか
 
また、P.184には「花粉症という病気は日本特有のものである」と主張されていますが、これは誤った認識です。
 そもそも花粉症のルーツは19世紀のイギリスにあり、その原因は国土の45%を占めた牧草地に生えたイネ科の植物とされています。これは英国の学者ボストークが医学的に明らかにし、それ以前のイギリスでは「枯草熱(こそうねつ)」と呼んでいました。

 その他、アメリカではブタクサ(ragweed)による花粉症は存在していましたし、近年ではお隣の中国でも植林したスギによるスギ花粉症が増加していることが、私どもの疫学調査で明らかになりました(以下、URLをご参照ください)。

 URL:https://www.3443.or.jp/news/?c=18249(著書「みみ、はな、のどの変なとき」)

 こうした医学研究者たちの長年の研究の積み重ねにより花粉症治療が進歩してきたことは紛れもない事実であり、科学的な根拠のない情報は患者を惑わすだけではなく、真面目に研究に取り組んでおられる研究者に対する冒涜との誹りを避けられません。
 どうか著者の大村氏におかれましては、情報発信者の一人として、正しい情報を世に送り届けるという責任を果たして欲しいと切に願っております。」

 私は、本の出版社である夕日書房の問い合わせフォームより以上のお話を送付しましたが、本記事を執筆している11月の段階でお返事は頂戴していません。

 大村氏の主張を簡単にまとめると、

・花粉症は「大気汚染」が原因の一つである。
・花粉症は日本特有の症状である。


 と言うことになります。

 これに対する私の考えは、

・スギ花粉症の原因はあくまでスギ花粉である。
・交通量の多く土の地面の少ない都市部では、スギ花粉の付着した大気汚染物質が(DEP)大気中に再飛散し、スギ花粉が人体に取り込まれる機会の増えたことが、結果的にスギ花粉症の拡大に繋がった可能性の高いこと。

・花粉症は日本特有ではなく、イギリスのカモガヤ花粉症やアメリカのブタクサ花粉症などがあることが科学的・医学的・歴史的にも証明されているので、大村氏の認識不足である。

 賢明な読者の方にはご理解頂けるかとは思いますが、物事にはかならず真実があり、それを追求しない限り本当の情報は得られません。
 解釈の仕方は個人の自由ですが、誤った認識を殊更に主張して読者を迷わせることは、多大な労力と時間を割いて究明してきた先駆者たちの努力を無に帰してしまいかねません。

 大村氏には、情報発信する立場の人間としての原点に立ち返り、責任ある活動をして頂きたいと願っています。

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