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2024年11月 No.357

 

珍楽器『チェンバロコンサート』鑑賞レポ

秘書課 菅野 瞳 

図01
図1


 去る2024年5月25日(土)、仙台市青葉区東勝山にある中本誠司現代美術館にて、チェンバロコンサート(図1)を鑑賞して来ました。
 本日の演奏会場である美術館は、閑静な住宅街に建つ、まるで南欧の小さな街に迷い込んでしまったかのような錯覚を起こさせる、白い不思議な佇まいの一軒家です(図2)。

図02
 図2


 館の屋号にもなっている現代美術家の中本氏が、世界各地で創作活動を行って帰国し、仙台を定住地とした後、スペインが大好きだったことから自らブロックを積みセメントを塗り、4年という歳月をかけて造り上げた中本氏のこだわりが目いっぱい詰まった自宅兼アトリエなのだそうです。
 世界に1つしかない“美術館”として、将来はコミュニケーションの合った人たちに開放したい、と語っていた中本氏の意は受け継がれ、人々が集うミュージアムコンサートが、時折開催されているのだそうです。

未知の楽器チェンバロ
 ところで皆さんは、本日の中核となるチェンバロという楽器をご存知でしょうか?私は見聞きしたことのない楽器です。
 まずはこの楽器を知るために、ここはグーグル先生を駆使してチェンバロについてリサーチします。

 チェンバロ(図3)とはドイツ語での言い回しで、英語ではハープシコードというのだそうです。ルネサンス音楽やバロック音楽で広く使用されていた楽器ではありましたが、18世紀後半からピアノの興隆と共に徐々に音楽演奏の場から姿を消してしまいました。
 そんなチェンバロではありますが、20世紀になると古楽の歴史考証的な演奏のために復興され、現代音楽やポピュラー音楽でも用いられているようになったのだそうです。大変伝統のあるチェンバロが聞かせてくれる音色とは、一体どのようなものなのか? 俄然興味がわきました。

図03
 図3


 本日このチェンバロを奏でるのは、演奏会場にもなっている中本誠司現代美術館の理事長・大内光子氏(図4)です。
 大内氏は3歳の頃、当時流行していた小児麻痺(ポリオ)にかかってしまい、小学生になった頃よりお母様からリハビリの一環として、足踏みオルガンの指導を受けることになりました。

図04
 図4


 先に記した風潮の変化もあり、徐々にピアノでのレッスンに変移しますが、この時ペダルがうまく使えないという障壁に直面します。
 ところが、そんな時です。大内氏はチェンバロ製作者である木村雅雄氏と出会ったことから、チェンバロに興味を持ち、製作をお願いすることになったのだそうです。1台目の一段鍵盤を1985年に、2台目の二弾鍵盤を1993年に製作してもらい、この2台のチェンバロを使い、2004年の還暦祝時にはチェンバロコンサートを行なっています。
 このコンサートが大変好評を博したため2008年に再度開催され、2015年には何と生前葬をも行われたという、溢れんばかりのチェンバロ愛の持ち主です。

 しかしながら、ここ10年の間に大内氏の足の状態が悪化してしまい、チェンバロを弾く機会があまりなかったのだそうです。コンサートが始まる前には、このような大内氏のエピソードが観客に説明され、久方ぶりの開催となったコンサート会場内は大内氏の入場を今か今かと待ち焦がれる方々の想いに満ちていました。
 無論、大内氏が緊張の面持ちで入場するや否や、エアコンの冷気が一気に温風に変わってしまったのでは? と思うほどの熱気に包まれ、既に演奏を終えた時のような、そんな拍手喝采が起きていました。

 さて本日のプログラムは、全部で4曲の構成になります。

 まず先陣を切る演奏曲は、本日の主役である大内氏のソロ演奏ラモー作曲『ガヴォットと6つの変奏』です。
 大内氏がチェンバロの前に着席し身構えると一瞬にして空気が張り詰め、会場内は緊張感に包まれました。

初めて聴く音色
 初めて耳にするチェンバロの音色はどんなものかと、好奇心が止まりません。
 重い? 軽い? 音の伸びは?
 幼少時にピアノを嗜んでいた私は、無論ピアノの音色がベースになりますが、私の耳に届いてきたチェンバロの音色は、とても軽快で涼しげであり、それでいてどこか懐かしく、パイプオルガンを連想させるような甲高いものでした。

 世界三大ピアノコンクールでも演奏されるこの曲を、まさかチェンバロで聞くことが出来るなんて……時間の許す限り聞いていたいと思える、素晴らしい演奏でした。
 大観衆を前に、ちょっと体が強張っていた大内氏ではありましたが、いざチェンバロに触れ演奏を始めてからというもの、鍵盤の一鍵一鍵に思いを込め、チェンバロを奏でる幸福感を噛みしめているかのようにお見受けしました。一番緊張されたであろうソロ曲を演奏し終え、次曲は大内氏と仙台市ご出身のピアニストである八巻梓氏とのデュオ演奏です。

 八巻氏は、本日のコンサート開催に尽力された影の立役者です。
 今から3年程前に、コロナ禍で留学先の欧州から帰国をされた八巻氏がふと立ち寄ったのがこちらの美術館であり、大内氏との出会いだったのだそうです。
 オランダで、チェンバロの演奏も学ばれたという八巻氏と、チェンバロ愛好者である大内氏が意気投合するのに時間はかからず、むしろ必然のことで、大内氏は自身の手足が思うように動くうちに、もう一度コンサートがしたいという意欲が芽生えたのだそうです。

チェンバロが産んだ二人の競演
 そんなお二人が、2台のチェンバロと共に奏でる曲目は、ドゥシーク作曲の『2台のピアノのためのデュオ・ヘ長調』です。お二方が曲の要所要所で取られていたアイコンタクトがとても印象的で、息の合った演奏を聞かせて頂きました。
 プログラム前半の2曲を終え、15分の休憩に入ったところで、なかなかお目にかかることの出来ない、まして触れる機会など……のチェンバロに、直接触れる絶好の機会に恵まれました。
 興味津々の私は、まずはチェンバロの周りを1周2周とウロウロ。そして、チェンバロの弦や鍵盤を隅々までジロジロ。

 まず気付かされるのは、ピアノとの鍵盤の違いです。私の目がおかしくなってしまった? それとも私の記憶違い? と、一瞬考えさせられます。
 その理由は、ピアノとチェンバロでは黒鍵と白鍵の位置が逆だからなのです(図5)。ピアノを見慣れている私はこの違いに驚愕し、バグが生じた頭の整理に時間を要しました。

図05
 図5


 そしていよいよ人生初、恐る恐るチェンバロの鍵盤に触れてみます。
 軽くタッチ、重めにタッチ……私の脳みそが自然に、自分がよく知るピアノとの相違点を探し始めます。
 いざ鍵盤を弾いてみると、今度は音の強弱に違和感を覚えました。ピアノは、指の弾く力で強弱をつけますが、チェンバロは弾くことで音の強弱をつけることは出来ません。そのため音色の変化が少ない楽器なのだと言えます。

 もう1つ挙げられる大きな相違点は、オクターブ(ドから次のド)の尺の違いです。ピアノよりも鍵盤の間隔が狭いため、ピアノでは弾くことが叶わなかった曲でもチェンバロならば弾くことが出来るわけです。
 これはこれは、思っていた以上に興味深い楽器だなと、感心させられました。
 私にとって大変有意義な休憩時間を過ごさせて頂いた後、コンサートの後半がスタートしました。

 まずは大内氏と足並みを合わせ、日夜練習を重ねてらした八巻氏のソロ演奏で、クラヴサン曲集からの抜粋曲を演奏されました。
 クラヴサンとはチェンバロを仏語で表現した言葉で、所謂チェンバロのために作られた曲集ということになります。本格的にチェンバロを学ばれた八巻氏の演奏は、音色の伸びが素晴らしく、チェンバロのメリットを最大限に表現されているように感じました。

 そして本日のコンサートのラストを飾る演奏曲は、大内氏と八巻氏に加えて大内氏の長年のご友人である、なんと整形外科医の服部弘之氏を交え、古典派音楽を代表する作曲家であるハイドン作『鍵盤協奏曲ニ長調』の演奏です。
 とてもリズミカルな曲調で、チェロを担当された服部氏がお二方の奏でるチェンバロに花を添え、三位一体となった温かみを感じる演奏を聞かせて頂きました。

 全てのプログラムを終えた大内氏の表情は、やり切ったという達成感で晴れ晴れしており、見守った大観衆からはブラボーの声が相次いでいました。
 知る人ぞ知るこだわりが詰まった美術館、というコンサート会場で開かれた演奏会は、チェンバロの美しい音色も相まって、大変慈しみに満ちた、人と人との繋がりを感じる素敵なものでした。ピアノや電子オルガンとは違う、チェンバロが発する独特な音色が、もっともっと多くの方の耳に届くよう、これからも発信を続けて頂きたいと思います。

図06
 図6

図07
 図7

 

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