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2024年7月 No.353

 

このたび宮城耳鼻会報(89号)に『三好 彰:水泳と耳栓. 宮耳鼻89; 2024』が掲載されました。

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エッセイ『水泳と耳栓』
(宮城耳鼻会報89号)

三好 彰(三好耳鼻咽喉科クリニック)


I. はじめに
 30~40年くらい前のことですが、水泳がスイミング・スクールの形で、殊に子供たちの間で流行するようになったことがありました。それに伴い、水泳のための補助具が種々販売されるようになっていました。耳栓もその一つであり、様々な形と色の製品が目に付くようになったものです。

 しかしこの耳栓は、実際のところどの程度実用に役立つのでしょうか。ことに、本当に耳栓が必要と考えられる鼓膜穿孔症例あるいは経鼓膜的ベンチレーション・チューブ挿入例での有用度は、中耳への感染を予防するに足る密閉度を満たしているのか、十分に検討されなければなりません。

 著者は水泳の流行し始めた1988年、市販の各種耳栓の長所・短所について検討を加えると同時に、鼓膜穿孔症例やチューブ挿入例に対する水泳の可否、そして耳栓装用の賛否を全国の耳鼻科医に問うアンケート調査を行なったことがあります。本稿はスポーツ医学関係の学会誌で発表されたため、余り耳鼻科医の目にとまることはありませんでした。そこでこの場をお借りしてその結果について改めて再考したいと思います。

II.調査対象
 1.市販の各種耳栓(略)
 2.全国の医学部耳鼻咽喉科学教室ならびにランダムに選ばれた耳鼻科医。

III.調査方法
 1.市販の耳栓各種について(略)
 2.アンケート調査内容
  (1)水泳を強く希望する鼓膜穿孔症例ならびに経鼓膜的ベンチレーション・チューブ挿入例への対応。
  (2)耳栓などにより、鼓膜穿孔症例やチューブ挿入症例の水泳が可能になるのであれば、耳栓装用を推薦するか。
  (3)これまでに耳疾患症例で、水泳に際し何らかのトラブルを経験されたことがあったか。

IV.結果
 1.耳栓の種類と性質(略)
 2.アンケートの集計結果
 (1)回答数
  大学医学部耳鼻咽喉科学教室;53回答(80質問状中)66.2%の返答率。
  ランダム選出された耳鼻科医;180回答(400質問状中)46.3%の返答率。
  両者の合計;238回答(480質問状中)49.6%の返答率。
 (2)内容分析
  ①水泳を強く希望する、鼓膜穿孔症例ならびにチューブ挿入例への対応。
   a. 水泳の可否
    ・全面的に禁止;78例(32.8%)
    ・条件付きで可;160例(67.2%)
   b. 条件付き可の条件の内容(複数回答)
    ・耳栓を装用;94回答(58.8%)
    ・帽子と耳栓装用;16回答(10.0%)
    ・潜水禁止;65回答(40.6%)
    ・飛び込み禁止;17回答(10.6%)
    ・鼻もしくは上気道に疾患がある場合禁止;27回答(16.9%)
    ・入水頻度を制限;33回答(20.6%)
    ・プールから出た後のケアを指示して許可;51回答(31.9%)
   うち、耳鼻科医の受診を指示;14回答(8.8%)
    ・穿孔症例は禁止、チューブは許可;10回答(6.3%)
    ・小児(低学年)は禁止;10回答(6.3%)
    ・海水浴は禁止;3回答(1.9%)
    ・スイミング・スクールを禁止;12回答(7.5%)
     ※アンケートに添えられた参考意見
    ・チューブ挿入例や鼓膜穿孔例での中耳感染は経耳管(咽頭)的であり、完全に否定はできないが経外耳的感染は少ない;40回答(16.8%)
   c. 全面禁止回答の理由、その具体例
    ・万が一溺れて死亡した場合、だれの責任になるのか。「冷水が中耳に入り、平衡障害を来たして溺れ死んだ」との可能性を追求される以上、医学的にも医師としても全面的禁止とする。
    ・鼓膜穿孔例やチュービング例は、さほど例数としては多くないが、水泳後ほぼ全例悪化の傾向がある。滲出性中耳炎や慢性中耳炎の症例も、遷延・悪化の傾向がある。
   d. 条件付き可回答の理由、その具体例
    ・義務教育児童が長期にわたり水泳授業の見学を強いられることは、教育面からも大いに問題となろう。
    ・学童期の学校でのプール遊泳は、友達との交流や体力増進などで重要。できるだけ泳がせたい。
    ・水泳ができないというストレスを考えると、多少感染を起こしてもかまわないと考える。
    ・日本は四面が海、泳げないことは非常の場合救命し得ぬ率が多くなろう。水泳の制限よりも、なんとかして水泳可能にするよう努力すべき。
    ・急性中耳炎後穿孔があり、炎症症状のない高校生男子が授業の水泳を強く希望。耳栓をして泳いだが異常なく穿孔は閉鎖した。こんな例を体験している。
    ・大きな鼓膜穿孔のある成人男子で、週1~2回耳栓をして泳いでいる。時々自閉塞感を訴えて来院するが、耳漏もなく著変ない。そんな例もある。
    ・チューブなら相当ひどく水が入らなければO.K.また、このためにもし感染してもむしろ滲出型から化膿型となり、かえって御しやすい。
  ②耳栓などにより鼓膜穿孔例やチューブ挿入例の水泳が可能となれば、耳栓装着を勧めるか。
   a. 可否
   ・はい;189回答(79.4%)
    うち、耳栓の指定のあったもの43回答(その種類は略)
   ・いいえ;40回答(16.8%)
   ・ケースバイケースである;8回答(3.4%)
   ・無記入;1回答(0.4%)
   b. 水泳は可、しかし耳栓には疑問があるとの回答;19回答(以下に疑問視する理由を列記)
   ・耳栓の効果は疑問、不必要、非実用的;15回答
   ・音が聞こえなくなるので危険;2回答
   ・積極的には勧めない;2回答
  ③耳疾患症例の、水泳に際してのトラブル経験
   a. その有無
   ・あり;60回答(25.2%)
   ・なし;96回答(40.3%)
   ・無記入;82回答(34.5%)
   b. トラブルの内容
   ・感染;50回答(21.0%)
   ・耳栓の外耳道異物化;5回答(2.1%)
   ・冷水の中耳流入によるめまい;4回答(1.7%)
   ・その他;1回答
   c. トラブル経験の回答、付記された具体例
   ・水泳の後、耳漏が止まらず、チューブを抜去した。
   ・慢性中耳炎の女児。耳栓およびビニール・キャップを使用するが、毎夏水泳後に耳漏を反復する。
   ・耳栓をしてプール可とした症例が、水泳中にめまいと吐き気を訴えた。
   ・サーファーズ・イアーの症例がシリコンの耳栓をつめて潜水したところ、これが外耳道の奥の鼓膜の手前に残ってしまい、除去に大変苦労した。
   ・シリコン製耳栓装用を勧めたところ、強く押し込み過ぎてちぎれて外耳道異物となった。
   ・年間2例ほど、噛んだチューインガムを耳栓として用いた異物症例あり。除去に苦労。

V. 考察
 耳栓の形態と機能に関しては、各自の耳型を採取し個別に作成するイヤー・モールド(スウィム・モールド)は、密閉性・密着性・簡便性・衛生性のすべてにおいて、満足すべき結果を示しました。ただし、オーダー・メイドのためコストがかかること、作成に際し医師法の関係から耳鼻科医の手をわずらわせねばならないこと、が問題です。その点シリコン製のイヤー・パティは、経済性と手間を考慮すればある程度満足のいく結果を示しています。とはいえアンケートの回答にあったように、外耳道に奥にまで挿入すると異物となる可能性のあることには、くれぐれも注意を要します。

 アンケートの結果では、鼓膜穿孔症例並びにベンチレーション・チューブ挿入例に対しても、水泳を全面的に禁止する回答は32.8%と少ないことが目を引きました。条件付き許可とした回答では、帽子併用との指示回答を含めると68.8%もの高率となることにも気がつきます。アンケート実施の耳鼻科医の大部分は、耳栓に期待を寄せているように思われました。潜水と飛び込みの禁止は、水面を潜る瞬間に耳栓が外れ中耳への水流入の可能性のあることを考えると、当然のことでしょう。海水浴とスイミング・スクールをそれぞれ禁止する回答が得られたのは、地域差によるものかと想像され興味深い思いを抱きました。さらに鼻もしくは上気道に疾患がある場合に禁止するとの回答は、次に述べる参考意見との兼ね合いで重要でしょう。

 すなわち、参考意見として40回答が、鼓膜穿孔症例やチューブ挿入例での中耳感染は経耳管(咽頭)的であり、否定できないながらも経外耳道的感染は少ない、と返答しています。実は当時多数の論文が、鼓膜穿孔耳とチューブ挿入耳に対する中耳感染の問題を論じてきており、しかもそのすべてが経外耳道的な水の中耳侵入を危険視していました。けれども、例えば急性化膿性中耳炎における鼓膜切開の意義にしても、排膿にばかりでなく中耳腔の換気能改善に求める意見も存在します。ましてや経鼓膜的ベンチレーション・チューブ挿入のそもそもの目的は、中耳腔換気能改善です。もちろん鼓膜穿孔の存在する場合も、中耳腔の状態はチューブ挿入時に類似しているでしょう。鼓膜穿孔症例とチューブ挿入例の中耳感染は、当然経耳管(咽頭)的と考えなければなりません。その意味で鼻・上気道病変の管理は、極めて重要です。

 なおこの観点から逆に耳栓の意義を考えると、耳栓による外耳道の密閉は中耳腔換気能の人工的悪化をもたらすことが想像され、つまり水泳中の水の経耳管的中耳侵入を有効に妨げることとなります。外耳道を密閉できる耳栓の実際の意義は、実はこの点に存在するのではないでしょうか。
 全面禁止との意見には中耳炎症の悪化を気遣う回答の他に、冷水の中耳侵入による平衡障害を懸念する意見も存在しました。現実に今回のアンケートの中にも、冷水の中耳流入によるめまいを指摘した返答が4回答あり、外耳道密閉の重要性を再認識させました。

 条件付き許可では、水泳の心身の発育に及ぼす好影響や教育面での利点が再認識されました。また、むしろ感染した方が扱い易いとの、興味ある見解も示されました。

 耳栓装着を勧めるかどうかとの問いに対しては、79.4%が肯定回答をしました。ただ、音が聞こえなくなるための危険性を指摘した回答もあり、確かに密閉性ゆえの危惧も否定できません。
 耳疾患例の水泳に際してのトラブルは、60回答が経験を報告しています。感染が多いのは想像がつきますが、耳栓の異物化が5回答、冷水の中耳流入によるめまいが4回答報告されているのは気になります。ことに具体例で指摘されている通り、サーファーズ・イヤー例で外耳道狭窄部より奥にシリコンが入り込んでしまったとの報告は、マリン・スポーツ全盛の当時そしてその結果の明確となった現在、改めて注目しなければなりません。なお、このような症例の場合耳栓はすべてイヤー・モールドにすべきでしょう。

 さらに、著者も仙台でのインター・ハイ水泳競技会の際経験したことですが、チューインガムを耳栓代わりに使用する例が後を絶たず、確かに苦労させられました。十分な啓蒙と広報とがなされるべきでしょう。

VI. おわりに
 耳栓が本当に実用の役に立つのでしょうか。ことに、使用する必然性の高い鼓膜穿孔症例と経鼓膜的ベンチレーション・チューブ挿入例ではどうでしょう。この疑問に関しわれわれは市販の耳栓を調べ、さらに全国の耳鼻科医にアンケートを送付して、その実態を調査しました。この結果、現時点ではイヤー・パティとイヤー・モールド装用の望ましいことが判明しました。これらを十分に活用することによって、これまで疑問視されて来た穿孔例やチューブ挿入例でも水泳の可能となる率が高まるかも知れません。これに対し、誤った耳栓の使用法やチューインガムを耳栓として誤用することは、外耳道異物となる可能性が高く決して勧められませんよ……ネ。
 これらの結果については、当時啓蒙と広報の必要性を痛感させられた、そんな思い出のお話しです。

図01
 図1 帝京大学鈴木淳一氏の回答及び学会発表に対するコメント

図02
 図2 東北大学小林俊光氏の回答

図03
 図3 愛知医科大学瀧本勲氏の回答

図04
 図4 広島大学原田康夫氏の回答

図05
 図5 本文の理論に基づき当院受診者用に作成した説明プリント①

図06
 図6 本文の理論に基づき当院受診者用に作成した説明プリント②

図07
 図7 本文の理論に基づき当院受診者用に作成した説明プリント③

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