2024年7月 No.353
耳のお話シリーズ32
「あなたの耳は大丈夫?」10
~大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授・元学長)の著書より~
私が以前、学校医を務めていた聴覚支援学校。その前身である宮城県立ろう学校の教諭としてお勤めだったのが大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授)です。
その大沼先生による特別講演の記事『聴覚障害に携わる方々へのメッセージ』(3443通信No.329~331)に続きまして、ここでは大沼先生のご著書『あなたの耳は大丈夫?』より、耳の聞こえについてのお話を一部抜粋してご紹介させて頂きます。
聞こえのレベル、聴覚の天井と敷居
▼聴覚の敷居を閾値(いきち)と呼ぶ
音の刺激に対して「聞こえる」という反応が起こる、もっとも小さいレベルを聴覚の「閾値」といいます。「閾(しきい)」とは建物の敷居のことですが、これは常用漢字ではありません。それゆえ「域値」と当て字を使うことが多いのですが、本来、扉や戸などのいちばん下に敷いてある枠のことを意味するので、正しくは「閾値」というのです。
聞こえの最小レベルは、検査音の出し方によって誤差を生じることがあります。聞こえないくらいの小さい音をしだいに大きくしていって聞こえたら合図してもらう上昇法と、聞こえている音をしだいに小さくしていって聞こえなくなったら合図してもらう下降法とでは、同じ人の耳で検査しても違うデータが出ることがあるからです。
上昇法で測定した聴力が、下降法で測定した聴力より、10デシベルも悪い場合もあります。そこで、お年寄りなど聴力検査になれていない人には、両方の方法で測定する極限法という手法もとられます。
▼聴覚の天井、それは不快レベル
聞こえるもっとも小さい音のレベルを閾値というのに対して、うるさくて聞いていられない音の大きさを「不快レベル」といいます。閾値が聴覚の敷居だとすれば、不快レベルは天井にあたります。人はそれぞれ聞こえの始まり限界を持っていますが、難聴者の聞こえの敷居は健康な耳の持ち主よりずっと高いところに位置しているといえます(図17)。
図17
聞こえの始まりと限界の間の音の幅は、「聴覚のダイナミックレンジ」と呼ばれます。そして「ちょうどよい」と思える聞こえをさす「快適レベル」は、聴覚のダイナミックレンジのほぼ中間あたりにあります。
困ったことに、感音難聴では、その敷居は高いところにあるのに、天井の位置は正常の人と同じなのです。ですから、聞こえ始めのレベルから少し音を上げただけで、すぐ快適レベルに達してしまい、さらに音を上げると、「うるさい、耳に響く、疲れる」不快レベルの天井に達してしまうのです。
【前話】「あなたの耳は大丈夫?」9