2024年4月 No.350
水彩画と随筆53
絵・文 渡邉 建介
院長 三好 彰
はじめに
私の従弟である渡邉建介先生より、著書「水彩画と随筆」を拝受しました。渡邉先生は2011年に大学を退職後、その記念として描きためた水彩画をまとめた1冊目の画集を出版されました。
渡邉先生は、生涯を通じて水彩画を描き続けると決心し、2冊、3冊と版を重ねられて2019年に4冊目の発行と相成りました。
ご自身が訪れた世界各地の風景を、彩り豊かな水彩を用いて情感あふれる作品に仕上げられています。
本誌では、渡邉先生の珠玉の作品の数々をシリーズでご紹介いたします。
随筆名「胎児の低栄養」
食事というのは人間が生きていく上で最も大切な行為であろう。現在の日本は飽食の時代と言われ有り余る食料が食卓を賑わしている。ところがこと胎児に関して言うと最近新生児の低体重が増加しているという報告がなされている。10%以上が低体重児のことである。いったい何が起きているのであろうか。妊婦の喫煙、高齢出産、多胎児の増加、妊産婦のカロリー制限などが考えられている。
新生児の低体重は、その子の一生に深く影響することが最近分かってきた。この問題で最初に注目されたのが第2次世界大戦時の「オランダ飢饉」である。1944年9月から1945年5月の期間オランダは後退するナチスの最後の砦となった。交通路はほとんど閉鎖され食糧の輸送が遮断された。記録的な寒さも加わり食料不足は深刻を極めた。住民の摂取カロリーは1日600-1000キロカロリーまで落ち込んだ。一般的な成人の目安は2000キロカロリーであるから半分以下に落ち込んだことになる。
戦後の調査で、妊娠中にこの飢饉を経験した母親から生まれた子供たちの出生時の低体重が報告された。胎児期の低栄養が影響したと考えられた。ところがその後の追跡調査で低体重新生児は成人になると肥満になる頻度が高い事が判明したのである。この報告がきっかけとなり胎児期の低栄養の研究が盛んに行われた。その結果低体重の新生児は成人になると「肥満」はもちろん「心疾患」「2型糖尿病」などの成人病罹患率も上昇することが分かってきた。
低栄養で胎児期を送った低体重児は低カロリーに適応してきたので出生後十分なカロリー摂取可能な環境に置かれると脂肪を蓄積しやすく、生活習慣病に陥りやすいという推測がなされた。
肥満を起こしやすい事で有名な民族がいる。アメリカインディアンのピマ族である。彼等は長年不毛の砂漠で生き延びた種族である。1か月に1匹のトカゲしか食べられないかもしれないのである。そのような環境ではわずかなカロリーでも吸収して皮下に蓄える能力のある遺伝子を持った者だけが生き延び、脂肪吸収・蓄積能力の低い遺伝子保有者は徐々に淘汰され低脂肪食に強い遺伝子保有者だけの集団となったと考えられる。そのような人達が急に飽食の社会に放り込まれると脂肪を大量に皮下脂肪としてため込む為体重が200kgとか300kgの超肥満になってしまうのである。
妊娠中に低栄養だったため低体重で生まれた子供が大人になって肥満になってしまう場合、母親の環境因子の為の変化なので遺伝子に変化は起きていないと考えられる。しかし遺伝子が同じでもDNAのメチル化で発現するエビゲノムの変化が子孫に受け継がれる可能性が指摘されている。母親の低栄養の影響で生まれた胎児の肥満形質が子孫に受け継がれるかどうかについては現在研究の緒に着いたばかりである、非常に興味ある問題である。もし子孫に受け継がれるのであれば、低体重児が生まれないように注意しないと人類の未来に暗い影を落とすことになってしまう。