2023年12月 No.346
仙台フィル with アキラさんSPコンサート鑑賞記
秘書課 菅野 瞳
はじめに
茹だるような暑さの満ちる2023年8月5日(土)、杜の都・仙台が誇る仙台フィルハーモニー管弦楽団と、マツケンサンバⅡの作曲で大ブレイクされた宮川彬良氏がタッグを組まれた特別演奏会『仙フィルwithアキラさんスペシャルコンサート』に行って来ました。
アキラさんと言えば、2003年から10年もの間、NHK教育テレビジョンで放送された子供向けの音楽教養番組“クインテット”でのご活躍を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。番組内で演奏される楽曲の編集は、全て宮川氏が担当されました。番組名の由来にもなっているクインテット(5人組・五重奏)の演奏開始時には、宮川氏(アキラさん)がカウントを取りますが、それ以外は一言も言葉を発さず、感情表現をオーバーアクションなピアノの演奏やボディーランゲージで行なうという、斬新的な番組だったことを覚えています。
20年という時間は、あの頃のアキラさんをどのように変えられたのかなと、私の記憶を辿り辿り……。あの頃のアキラさんの姿を思い浮かべながら、開演の時を待ちます。
「あれ? えっ? あの当時のアキラさん?」(図3)
図3 同じアキラ同士。似てますか?
舞台上に姿を現したアキラさんは、あまり外見の変化は見受けられず、変わっていらしたのは、クインテット時とは対照的によくお話しになられるなという点だけでした(笑)。
そんなアキラさんの第一印象から始まった、仙フィルとのコラボコンサート……まずは、アキラさんの代表番組である、クインテットのオープニング曲からスタートです。番組が終了して早10年になりますが、アキラさんは日々、ご自身が作曲された番組のテーマ曲『ゆうがたクインテット』を、形を変えて(編曲を加えて)皆さんにお届け出来ないものかと考えていたそうです。そんなアキラさんの創案に「是非っ!」と賛同されたのが、仙台フィルハーモニー管弦楽団であり、本日の公演開催の運びとなりました。
ゆうがたクインテット(夕方の五重奏)=You’ve got a quintit(あなたには5人の仲間がいますよ)。お分かりになりましたでしょうか? 曲のタイトルが、見事に言葉遊びともいえる掛詞になっているのです。これを知り改めて曲を聞いてみると、アキラさんが持つセンスに惚れ惚れしてしまいます。
久々に耳にしたオープニング曲は、懐かしさも相まって非常に心地よく、思わず「You’ve got a quintit~♪」と口ずさんでしまう自分がいました。
変貌を遂げた『エリーゼのために』
軽快なオープニングに続いては、誰もがご存知のベートーベンの名曲『エリーゼのために』の演奏です。
この曲は、アキラさんの代表番組であるクインテットにおいて、一番最初に取り上げた思い出の曲なのだそうです。
「ミレミレミシレドラ(レは♯)のメロディーがとても印象的ですが、ベートーベンが作曲したこのピアノ曲を、さて、宮川彬良が編曲をし、ピアノ協奏曲のような雰囲気に変貌させたらどうなるだろう? という好奇心から作り上げた一曲です」という曲紹介がありました。
聞き慣れたあの主旋律が奏でられて演奏が始まりましたが、「おやっ?」私の知るエリーゼは見当たりません。アキラさんが編曲されたエリーゼは、まるでホラー映画のテーマ曲のような曲調となり、原型を留めなくなっていました。何でしょう……確かに『エリーゼのために』ではあるのですが、ないような不思議な感覚。これはこれでとても素敵な曲へと変貌を遂げています。
今の今まで、一度たりとも作曲などには携わったことがない私ですが、これが編曲をすることの面白さなのだろうなと、妙に納得させられました。
『悲愴ソナタ第二楽章』
化けて出て来そうなエリーゼを堪能させて頂いたお次は、同じくベートーベンが作曲した「悲愴ソナタ第二楽章」です。こちらも名曲に名を連ねる一曲ですので、一度は耳にされたことがあろう選曲でしょう。目を閉じれば、綺麗に整備された庭園が目に浮かぶような、そんな優雅なメロディーが奏でられました。
ベートーベン作曲の演奏を2曲終えたところで、日本では楽聖(がくせい)として称えられるベートーベンの曲を、本日は矢継ぎ早に3曲演奏していこうと思います、という次曲紹介があり、ベートーベンのラストの曲に注目が集まりました。
プログラムに目を落とすと、悲愴の後は、『マンボNo.5』と書かれています。ベートーベンの曲が好きで演奏をすることもありますが、ベートーベン作曲のマンボ……記憶を辿りますが、ヒットがありません。No.5ということは第五番。ベートーベンの第五番といえば、言わずもがなあの『運命』です。
——ジャジャジャジャーン♪
そうです、あの寝る子も黙るメロディーです。ベートーベンが作った第五番『運命』に、マンボと名付けられた別バージョンがあるのかしら? そんな疑念を抱いたのは、やはり私だけではなかったようで、会場を埋めつくしている大勢の観客からどよめきが起こりました。
ところが、この謎は一瞬にして解き明かされます。結論からお伝えしますと、
「アキラさん、そうきましたか!!」の一言に尽きます。
マンボとは、『“タッタタラッタ~”う~っ、マンボ!』のあれですが、アキラさん曰く、“運命”のあのメロディーとマンボのこのメロディーは、同じ調整であり同じ拍子だと言うのです。
「もしかしたらマンボの作曲家であるペレス・プラードは、ベートーベンの第五番に惹かれて“運命”のようなマンボofマンボ(マンボの中のマンボ)を作りたかったのかもしれない。そこで“運命”のモチーフ(メロディーの欠片のことです)を操作し、変奏曲を作り上げたのではないか?」という持論を述べられていました。
アキラさんが仰る内容の真偽の程はいかに?
一見すると対極にあるこの2曲を、アキラさんが一体化し誕生させた曲、それが本日の演奏曲『シンフォニック・マンボNo.5』です。絶妙かつ本気のオーケストラ・アレンジで奏でられる“マンボ”は、観客の疑念を打ち消す軽快なリズムで、一度に2曲を堪能することが出来る、という満足感が広がりました。
まだ前半の3曲を演奏し終えたばかりの序盤の序盤ではありましたが、アキラさんの見事な演出に胸が躍りっぱなしだったことは言うまでもありません。
青春のビートルズ
ベートーベンのオンパレードを3曲? いや2.5曲を聞き(0.5曲はペレス・パラード)、お次はビートルズ曲の演奏です。アキラさんは元々、ロック音楽が好きであり、英国を代表するロック・バンドであるビートルズの曲は、交響楽団の演奏にもとても合うのではないかと考え、編曲に着手されたのだそうです。ビートルズの発表曲の中で、シングル売り上げの12位を獲得している『イエロー・サブマリン』そして、『オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ』が演奏されました。
この2曲は両曲共に聞く人を笑顔にしてくれる、家族でも楽しめるような、そんな温かみのある演奏になっていました。やはり耳に馴染んでいるビートルズの曲は、時間を忘れていつまでも聞いていたいという欲が出てきてしまいます。是非とも、アキラさんがアレンジを加えたレット・イット・ビーやイエスタデーなどを、存分に聞く機会に恵まれれば嬉しいなと感じました。
第2部は感動の親子共演
そして、ここで暫しの休憩タイムを挟み、第2部の開始です。第1部では、プログラムから予想出来る内容の遥か上を行く演出に、既に満腹気味の私ではありましたが、さて第2部は一体どのような形で観客の予想を裏切ってこられるのか、期待は膨らみます。
そして、第2部の開始と共に壇上には、仙フィルの団員さんよりも遥かにお若い、少年の姿がありました。
観客席に向かい一礼の後、アキラさんのお隣でピアノレッスン曲の演奏を始めた少年は、緊張した表情を浮かべています。
後に、この謎の少年の種明かしをして頂けるのですが、満員御礼の観客に怯むことなく、見事に演奏を披露した少年は、なんと仙フィルのコンサートマスターである神谷未穂さんのご子息でした。
仙フィルの演奏会を仕切る、第2の指揮者と言っても過言ではない神谷さんですが、恐らく本日の演奏会のこの瞬間は、ご自身の演奏時を、遥かに上回る緊張感だったのだろうなと推察しました。
演奏を終えたアキラさんにマイクを向けられ、「今にも心臓が飛び出そうでした」と感想を述べられた神谷さんの、母親あるあるの一幕が印象的でした。
演奏会もいよいよ大詰めを迎え、ここでアキラさんへの質問コーナーが設けられました。
「何故作曲家を目指されたのですか?」
「どうしたらピアノが上手に弾けるようになりますか?」など、本日の主役であるアキラさんに、様々な質問が投げかけられました。
アキラさんは個々の質問に、笑いを交えながら丁寧に応じられていました。
作曲家を目指したその理由
作曲家を目指された理由。これは本日の質問の中で、一番簡単な質問だったようです。
「お父さんが偉大な作曲家で、子どもながらに格好良く見えたから」なのだそうです。
そんなお父様も、在宅時にはパンツ一丁でいらしたのだとか(笑)。そして、ピアノの上達法についての質問には「ひたすら練習あるのみ!」と、でもお答えになるのかなと思いきや、アキラさんは「譜面に捕らわれず自分で面白がってどんどん、思いつきを大事に弾いてみることかな?」とお答えになりました。
音楽は大好きなのだけれど、楽譜を見ることが大嫌いで、目から入ってくる音楽が苦手だと仰っていたアキラさんならではのご返答でした。
本日の演奏会は、宮川氏と仙台フィルの、初めてとは思えぬ息の合ったステージとなり、ディズニーワールドならぬ“アキラさん”ワールド全開のパフォーマンスとなりました。作曲家・編曲家としての宮川彬良氏の真骨頂を、ご本人のピアノ演奏と指揮でも楽しめるという、まさに贅沢なひとときでした。初めてにして最強タッグ? の演奏会第2弾を、期待して止みません。