2023年11月 No.345
水彩画と随筆48
絵・文 渡邉 建介
院長 三好 彰
はじめに
私の従弟である渡邉建介先生より、著書「水彩画と随筆」を拝受しました。渡邉先生は2011年に大学を退職後、その記念として描きためた水彩画をまとめた1冊目の画集を出版されました。
渡邉先生は、生涯を通じて水彩画を描き続けると決心し、2冊、3冊と版を重ねられて2019年に4冊目の発行と相成りました。
ご自身が訪れた世界各地の風景を、彩り豊かな水彩を用いて情感あふれる作品に仕上げられています。
本誌では、渡邉先生の珠玉の作品の数々をシリーズでご紹介いたします。
随筆名「子供の耳掃除」
小学校の耳鼻科の身体検査で『耳垢塞栓』という病名のつけられた人は多いと思う。塞栓というと耳の穴が耳垢で充満しているというイメージだが、実際にこの病名をつける時は充満していなくても鼓膜が耳垢の為よく見えない時にもつけられる。学校検診で耳垢をいちいち除去する時間はないので耳鼻咽喉科クリニックに行って耳垢を除去した後鼓膜の異常をチェックしてもらいたいという事なのである。
夏のプールの季節に耳垢が溜まっていると耳垢に汚いプールの水が吸収され外耳炎を引き起こし易いのでプールの前に耳垢を取ってきて欲しいという事もある。鼓膜の常態が観察できれば少々の耳垢くらいなら問題はないと私は思っている。
耳垢は外耳道の耳垢腺という腺細胞からの分泌物が大部分であるがそれに皮膚の落屑物や空気中の塵が混ざったものである。体を覆っている皮膚には汗腺という体温を調整する分泌液が無数に分布している。しかしこの分泌液は蒸発しやすいようにサラサラしたものである。サラサラの分泌液を出す汗腺をエクリリン腺という。同じ汗腺でも体温調整にはあまり寄与しないアポクリン腺というものがある。アポクリン腺は脇の下、性器周辺それに外耳道に存在する。すなわち性的ニュアンスのある部分に存在する腺細胞である。
フェロモンを発する部位からの汗腺で主に体臭を作り出す作用がある。従って成分内容に個人差がある。粘度にも差がある。耳垢にはカサカサ耳垢とベタベタ耳垢があるがこの差はアポクリン腺の数とその成分に由来する。耳垢の性状は人種によって大きな差がある。黒人は99.5%がベタベタ耳垢で白人の90%以上がベタベタ耳垢である。日本人は85%位がカサカサ耳垢だが、沖縄人やアイヌ人は50%位がベタ耳と言われている。これは南方アジアから来たベタベタ耳垢の縄文人が、後に朝鮮半島から渡来したカサカサ耳垢の弥生系人種と混じり合って日本人を形成した事を証明している。
さてここで問題が生ずる。「耳の手入れをそうしたらいいでしょうか?」との質問を受けた時である。ベタ耳垢とサラサラ耳垢では手入れの方法が若干違うからである。白人や黒人社会ではベタ耳の手入れ法を言えばいいのだが日本人ではベタ耳は少ないがかなりの頻度で存在し、しかも中間型も結構いる。ベタベタ耳垢は基本的には綿棒で拭えばいいのだが完全に拭えればいいのだが中途半端だと耳垢を徐々に奥に押し込んでしまい、お餅を突き固めたようになってしまう。そのような患者が来ると大変である。除去しても除去してもネチャネチャした耳垢が出てくるからである。
カサカサ耳垢は原則として綿棒で拭っても取れない。基本的には耳かきで掻き出さなければ掃除ができない。長年綿棒だけを使っているとやはり耳の奥に耳垢を押し込んでしまい層状に積み重なってしまう。カサカサ耳垢なので外耳道の皮膚とがっちり癒着してしまいこれまた一筋縄では除去できない。このタイプはプールで水が耳に入ると汚水を吸収して炎症を起こしやすいので外耳炎になりやすい。白人に流布している綿棒を安易に使用すると耳垢除去に苦労することになる。たくさん溜まらないうちに耳かきで除去するのがいいのだが自信がなければ何もしないほうが返っていい。ベタ耳もカサカサ耳も溜まらないうちにうまく除去できればそれが一番だが自信がなければ何もしないで1年に1度くらい耳鼻科で耳掃除をしてもらうのがベストだと思う。
問題は幼少児の耳垢除去である。たかが耳垢除去であるが、耳鼻科外来の処置のうち最も難易度が高いものだろう。何しろ子供は激しく動く。瞬間的に動きが止まる1秒くらいの間に除去するのだから神業といっても過言ではない。0歳児は大人2人で取り抑えれば何とかなる。1、2歳の子供が大変である。私は最近視力に自信がないので顕微鏡下に処置をするのだがちょっとでも動くと視野から外れてしまう。鼓膜の前の操作をする時は呼吸を止めておかないと手元がぶれる。1分、2分と呼吸を止めていると酸素欠乏で頭がくらくらしてくる。もしかしたらマイクロサージェリーで欠陥吻合するより難易度が高いかもしれない。続けて2、3人幼児の耳垢掃除の依頼があると体力的には限界に近づいてしまう。耳垢が取れなくなった時が耳鼻科外来診療を止める時だと思っている。