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2023年4月 No.338


 このたび宮城県耳鼻会報誌(86号)に『三好 彰:マスク装用難聴児・者の困惑に対する医療関係者の理解. 宮耳鼻86:25-30, 2022』が掲載されました。このエッセイは3443通信No.337に掲載した論文『難聴児・者に対する新型コロナ・ウイルス対策マスク装用の影響』(耳鼻と臨床)に続く、第2弾アンケートの結果をまとめた内容です。

エッセイ『マスク装用難聴児・者の困惑に対する医療関係者の理解』
(宮城耳鼻会報 86号)

三好 彰(三好耳鼻咽喉科クリニック)

表紙


はじめに
 耳鼻科の医療関係者が難聴児・者に接するのは診察室内の事が多いものです。このため当然ながら難聴児・者の行動についての医療関係者の理解は医療施設内に留まる可能性が高いわけです。とは言っても、難聴児・者は医療施設外での生活時間も長いものです。
 著者は前回『難聴児・者に対するコロナ対策マスク装用の影響』(以下、前著)として受診者側としての難聴児・者の困惑を中心に報告しました。
 今回は逆に難聴児・者を担当する医療関係者が、彼らの困惑をどのように把握しているのかについてアンケート調査を行ないました。

対象と方法
 前報告に示した内容と共に下記アンケートを難聴児・者に接する耳鼻科の医療施設関係者96名に送付し、以下の内容についての理解度に関する回答を得ました。

アンケートの内容
(1)難聴者の外観上の判りづらさ
(2)マスクによる口元カバーの不利
(3)マスク装用時の難聴者の意思疎通手段
(4)難聴者のマスク装用の不利への理解
(5)改善点・自由回答

結果
 前記(1)~(4)の質問に対し回答の寄せられた調査協力者96名の職種ごとにその内容を表1に示しました。アンケート(5)については考察の中で触れます。

表01


考察
 今回のアンケート結果の内容に関する議論の前に、前著の簡単なまとめと、それに対する難聴者の生の声を紹介します。


1.前著のまとめ
 難聴児・者に対するコロナ対策マスク装用の影響
【結果】
 135名から回答を得た。
 マスクによる困りごとは表2・3に見るような結果が得られた。

表02

表03


A.自由回答では、
 a.コロナ下でマスク取り外しは言い難い。相手も不服そうで理解が得られない。手話を使う聾者と違い、難聴者は理解に遠い。b.コロナ禍で入院。看護師がマスク外してくれたが感染リスクを考えると申し訳ない。c.マスク外すお願いが病院・店舗で出来なくなった。口元見えず読話出来ず表情も読み取れない。d.人工内耳、メガネ、マスクとの三重は耳が痛い。マスク着け難く外れ易い。e.国会中継に字幕がない。f.医療機関勤務のため外せない。透明マスクの有用性を健聴者に理解して貰うのが難しい。g.筆談も面倒がられる。聴覚障害者=手話ではない。公的機関等では文字情報を増やして欲しい。のような困惑が寄せられた。
B.自分たちの対策や、公的対応として、
 a.アプリ等利用25例、b.耳マーク38例、c.透明マスク83例、d.筆談31例。などが挙げられた。
 但し、それに対する健聴者の無理解は、やはり付き物のように思われた。
C.しかし、
 a.知事などが会見の際マスクを外す改善は見られた。b.病院で番号表示器を置くよう頼み設置して貰った。などの成果を報告する例も見られた。

【結論】
 多くの難聴児・者が生活の各場面で困惑している実情が判明した。今後もマスク装用の習慣が長く続くようならば、難聴児・者に対する何らかの情報の保証と、何より難聴児・者が困っている実態を啓盲する必要性がある。

2.難聴者の生の声
 前著について当院通院中の難聴者にその感想を聞きました。

(1)前著の感想①
 35歳 女性、重度知的障碍者施設勤務・介護士。
 今まで別段支障なく聞こえていた人の声が聞き取りにくくなり、何度も聞き返すことが増えた。耳で聞いているようで、実際は顔を見て口元をたよりに話を聞いていたのだと実感している。
 仕事中に感じることだが、コロナ下でマスクをするようになり、利用者の不安が日に日に強くなっているように感じる。

 言葉が離せない方、強度の自閉症がある方など様々な障害を抱えている方がいるが、中でも難聴があり補聴器を装用している方は、気さくだった性格が臆病になり、おそるおそる話し掛けてくるようになった。そんな実例がある。
 本人にたずねると「こわい」と言う。
 マスクで隠れた表情が読み取れないため恐ろしさを感じているんだろうと言う。
 目だけが見えるというこれまでにない非日常。

 その状況は、コミュニケーションが苦手な人達の恐怖心や不安感をこれでもかと煽ってしまっているようだ、と。
 ある時、実験的にスタッフがフェイスシールドのみにして接してみたところ、効果絶大。暗く曇っていた彼らの顔はみるみる晴れ渡り、瞳は輝き、どんどん近くへと寄って来てくれるようになった。

(2)前著の感想②
 83歳 女性、仙台市。右HA(耳掛け)、宗教施設の世話係。
 マスク生活になってから色々な状況を、より目で読み取ることが多くなった。
 普段の生活では、バスや電車内での会話が聞き取れなかったり、病院や店頭で呼ばれてもすぐに気が付かなかったりすることがある。

 特に、仕事中に人の話を聞き取る際に、様々な困りごとに出合う。
 日々気を付けていることは、自分は難聴であることを相手に伝えること。特に大事な場面においては、お互いの為に良いことだと思う。聞こえにくいことを隠したい人もいるが、それをせずにどんどん訴えて言った方が良いと思う。恥ずかしがらずに。そうして、それを当たり前に受け入れられる社会になると良いと思う。

(3)前著の感想③
 38歳 女性、看護師(休職中)。両耳HA、軽度難聴。
 日常で家族以外と話すことはあまりないが、マスクをするようになり聞きにくい場面は増えたように思う。
 特にスーパーのレジなどにある透明シート越しの会話は、マスクだけよりもより聞き取れなくなる。相手に不快な思いをさせてしまうのが嫌で、つい聞こえるふりをしてしまう。聞こえないと言いたくない。ましてや、まったく知らない人となると、なかなか言いにくい。

 あるお店でのこと。レジと客を仕切る透明シートに、小さいマイクとスピーカーがついている場所があり、とても聞きやすいので大変便利だと思った。加えて「ここに向かって話して下さい」と表示もあったので親切。もっと普及すると良い。
 口元が見えるマスクは、学校で使っている例を見たことがある。聞き取りには良いと思うが、いざ自分で使うとなると抵抗がある。恥ずかしいと思ってしまう。

(4)前著の感想④
 73歳 女性、右高度難聴(HA装用)、左重度難聴。身障者6級。
 特に不安になるのは、病院でのやりとりである。
 マスク越しの医師の話が聞き取れずに、検査や診察に支障がでることがいま一番の困りごとである。

(5)前著の感想⑤
 78歳 女性、両中等度難聴(両耳HA・耳穴)、視覚障害あり。
 私は耳が聞こえないのに加え、目も見えにくい。
 表情の変化が分からないマスク姿は、これまでより生活の場をもっと狭く、もっと遠くにした。
 マスクアンケートの結果は頷ける部分が多い。色々な人に読んでもらいたい。

3.結果(表1)について
(1)外観上難聴者は判明しづらい、との難聴最大の問題に関しては、91.7%の回答者の理解が得られています。
 しかし、難聴というハンディについて、今一つの共感をこの機会に有して欲しいと思われる回答も6.3%見られました。
(2)難聴者の会話時の表情・口の動きでコミュニケーションの助けにしている現実は、94.8%の理解が得られました。
(3)難聴者の意思疎通手段は、難聴者の聴力の程度によって最も使用頻度の高いコミュニケーション手段が異なるため、回答も様々でした。ただし、その他に「今後の医療機器の開発に期待」との回答のあったことを付け加えます。
(4)難聴者のマスク装用の不利への理解では、c.相手からの声掛けに気付かない(図1)、とd.相手に口元を見てもらえない、の回答率が低いことが分かりました。

 これはやはり耳鼻科の医療関係者は診療室内で難聴者と対応することがほとんどのため、一般生活における難聴者の悩みに接する機会が少ないことが原因でしょう。

図01


(4).自由回答
① 医師 30代
  難聴者への様々な取り組みが具体的に分かって勉強になりました。

② 看護師 20代
  難聴者は一見分かりにくく、認識が遅れてしまう場合もあるので、こういった活動で少しでも多くの人に知ってもらうことが大切だと思いました。

③ 看護師 30代
 メディアを通じての耳マークの普及が必要。
 様々なツールが開発されているが、高齢者に扱いにくいと言ったデメリットもあるかなと思いました。個人の努力ではなく、社会全体での取り組み、協力して貰えるような働きかけが必要かと思います。

④ 看護師 30代
 コロナ時代に、マスクをするのは当然必要なことだと思っていたけれど、マスク生活によって、難聴者の方々はすごく不自由な生活を強いられていることを再認識しました。やむを得ずマスクを外さなければならないことを社会に批判されないよう、耳マークのマスク、透明マスクが広がると良いなと思いました。

⑤ 医師 40代
 耳マークの装着を積極的にしていただくと気付きやすい。もちろん、耳マークの普及が大前提ではありますが。
 難聴者に対する偏見が、いまだ存在することは否めない。
 難聴に関しての一般の方々の理解を高めるようなアナウンスをしていくことは大切かと思います。
 TVドラマで現在難聴者に関連したドラマが放送されていますが、非常に有用と思いました。
 コロナ禍にてマスク装用が義務化されたことで、難聴者の方々に多大なる困惑が発生していることが良く理解出来ました。こちらもマスクをずらしての会話に心掛けようと思いますが、ポケトークなどのデバイスが、より普及することを願います。

⑥ 看護師 40代
 難聴者であることが恥ずかしい、隠したいと思う方が見えるが、それではきちんとした対応が出来ない。意識が変わるように、日本の耳マークを使用し易くするために、ポスター・CM・学校の授業などで広めていくと良いと思う。
 また、授業やセミナーで難聴者にどのように接すれば良いのか、どのようなことで困るのかということも伝えられると良いと思う。
 難聴者について深く考える機会を得られたことが、一番良かったです。職場の仲間ともディスカッションが出来て、今後どのように接すれば良いのかを考えられました。

⑦ 医療事務 30代
 難聴者は外観から障害を持っているか分からないため、手助けを必要としている人かの判断が難しく、耳マークも普及が進んでいないので、世界的にも耳マークを認知して、耳マークを付けていても差別のない世の中にしていきたいと思いました。

⑧ 医師 30代
 マスクが難聴者にとって大きな妨げになっていたことを知らずに恥ずかしく思います。
 今後、医療面においても気を付けたいと思います。

⑨ 医師 60代以上
 マスクをしないことが差別になる社会の雰囲気から、難聴者のための声を発さないといけないと思います。先生の活動に敬服致します。何かの助力になれたらと思います。

4.難聴者の困惑に対し目の前でできること
(1)医療機関内で(当院での試み)
 もちろん今度様々な工夫や医療機器の改善によって上に指摘した難聴者の不利は改善されていくことと思われます。
 それはそれとして、今この時点で当院で実施している努力について図2~5に示しました。
 

図02

図03

図04

図05

(2)医療機関の外で
 著者の狭い行動範囲の中で、目についた町の光景を図6、7に示します。
 もちろん全国ではもっと様々な工夫がなされていると信じていますが、さしあたって著者の目の前の光景です。

図06

図07


さいごに
1.診察室内での、難聴児・者のマスク装用時の不利益についての理解や問題点の把握は、大多数の回答者が意識しており、テクノロジーの進歩などその解決法について模索していました。しかし今回のアンケートの範囲をやや逸脱しますが、医療施設外つまり社会生活面での不利益については必ずしも十分とは言えないように思えました。

2.ましてや医療施設外の一般人に対して、現実にマスクで困惑している難聴児・者の社会生活面での不利益とその改善点を、医療関係者以外の一般市民に対してどのように啓蒙すべきなのでしょうか(図8、9)。

3.それに関して、医療関係者はどのような役割を果たし得るのかについては、今度も引き続き検討を加えたいと思っています。

4.「しかし、この実情は社会ではなかなか理解されないことが多いうえに、発信する状況にないのでぜひ伝えてください、とのこと」と、本文中では引用しなかったがアンケート中にあったこのような回答に、どのように応えて行くべきか、著者自身が自問自答を繰り返している現状です。

図08

図09


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