2023年4月 No.338
朝のスタッフ勉強会11
アレルギーと花粉症のお話11
~医学コミック8巻「愛しのダニ・ボーイ」より~
引き続き
当院では朝礼時にさまざまな資料を用いて、接遇や医学・医療についての勉強会を行なっています。ここでは、いま使用している院長監修のアレルギーに関する医学コミック『愛しのダニ・ボーイ』、その解説についてご紹介致します。
なお、解説含めたマンガも当院ホームページで無料閲覧できるよう準備中です。
31.大気汚染は無関係?
さて、大気汚染によるアレルギー性鼻炎増加説を唱えていたのは、もう一つには慈恵医科大学耳鼻咽喉科のグループでした。彼らは東京都と岩手県とでアレルギー学的調査を施行し、前者のアレルギーの頻度が後者より高かったことから、大気汚染地域にアレルギー性鼻炎が多発すると報告しました。そしてことに1980年の論文(図1)で、家塵(HD)・ブタクサ花粉・スギ花粉について、大気汚染地域の増加が著しいと記しています。
図1 〇印にしっかりと書かれた「スギ」
しかし彼らの論文を詳細に読むと、論理の矛盾が目立ちます。
彼らは1979年(図4)80年と続けて、大気汚染論文を発表しているのですが、その実際の数値を確認すると、東京都で多いのはHDのアレルギーのみです。むしろブタクサに関しては、東京都よりも岩手県のアレルギーの頻度の高いことが分かります。
この結果は、ある程度理解できるような気がします。この連載にも書きましたが岩手県には牧草地が多く、カモガヤと同じくブタクサもたくさん見られます。それに対して東京都でHDのアレルギーの多発するのは、東京都には岩手県よりも高気密高断熱住宅が多く、そこはダニの繁殖に適しています。するとその糞などが主成分であるHDも、住宅内に多くなります。そのせいと考えることは無理でしょうか。
つまりこれまで私が主張して来たように、原因が増えれば結果も増加する、その法則の一つの表われがこの調査報告であり、大気汚染は無関係なのかも知れません。
32.原論文にスギ花粉データは無い?
慈恵医科大学耳鼻咽喉科のグループが、大気汚染によるアレルギー性鼻炎増加説を唱えたこと、その主張には矛盾の見られることについて、前項でご説明しました。
しかし彼らの不可解さは、それだけに止まりません。
もっとも不思議なのは彼らの1980年論文には、HD・ブタクサ花粉・スギ花粉についてアレルギー学的調査を施行した、と明記してあります。そして彼らのこの論文は、スギ花粉症が大気汚染の影響を受けている根拠の一つとして、他の研究者たちから盛んに引用されて来ました(図1)。
ところがその80年論文をどんなに詳細に検討しても、スギ花粉についての陽性率が記述漏れとなっています。HDとブタクサ花粉については、具体的な数値が盛り込まれているというのに。
さらに奇怪なのは、80年論文の原型とも言える79年論文には、より詳細なデータとともに「検査に使用したアレルゲンは室内塵(HD)とブタクサであり、この両者による鼻アレルギーの頻度は我国において1、2位を占めており……」と書かれていることです(図2)。
図2
つまりスギ花粉については、まったく実施されていません。
大きな疑惑が、ここに生じます。
今日の日本で、スギ花粉症が大気汚染のために激増したのではないかと、懸念される根拠の元となる原論文に、スギ花粉と大気汚染の関連につき正確なデータがまるで記載されていないのです。
それはなぜでしょう。
33.花粉症調査疑惑!
東京都と岩手県でアレルギー学的調査を施行し、大気汚染地域である前者でスギ花粉症の増加が著しいとした慈恵医科大学耳鼻咽喉科の研究論文には、実はスギ花粉と大気汚染との関連についての具体的根拠がまるで記されていなかったことを、前項ではお話ししました。
それでは彼らはどうして、スギ花粉症と大気汚染とに関して調査を実施してあったように、80年論文(図1)には書かねばならなかったのでしょうか。
それは私がすでにご紹介したように、この日本でスギ花粉症が社会問題化したのが、1979年であったことを指摘するだけで十分でしょう(図3)。
図3
すなわちそれ以前の日本で、アレルギー性鼻炎の原因として重要なのはHDとブタクサ花粉であって、スギ花粉は話題にならなかったのです。
ですから彼らの79年論文(図2)は、それまでのHDとブタクサ花粉についての調査のみで、内容的に不備はありませんでした。
けれども79年春のスギ花粉大量飛散以後、スギ花粉についての調査無しにアレルギー性鼻炎を論ずることはできません。
79年に発表された彼らの論文は、彼らがその時代からとり残されてしまった現実を、証明しているようなものです。
79年論文とまったく同内容のデータを元にしたにも関わらず「アレルゲン皮内検査(HD・ブタクサ花粉・スギ花粉)を全対象者に施行し」と、スギについても記載している80年論文は、そんな彼らのとり残されまいとする焦りと、完全に無関係なのでしょうか?
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「アレルギー性鼻炎と大気汚染」(宮城耳鼻会報 82号|3443通信 No.312)
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