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2022年9月(No.331)

 

マスクアンケートシリーズ④
大沼直紀Dr.の特別講演3
~聴覚障害に携わる方々へのメッセージ~


講 師:大沼 直紀 先生(筑波技術大学 名誉教授・元学長)
会 場:宮城県立聴覚支援学校

図01図 タイトル
大沼直紀先生と、会場となった聴覚支援学校
 

2017年6月6日(火)、院長が学校医を務めていた聴覚支援学校(旧ろう学校)にて、院長とは昔からのお知り合いである筑波技術大学・名誉教授の大沼直紀先生(図1)による特別講義が行われました。
 2012年6月に開催しました当クリニックの開院20周年記念講演会では座長をお務め頂きまして、院長とはとてもご縁が深い先生です。

 ※以下、大沼先生の講演内容の続きです。

教育者に求められる事
 かつては、手話だけ、人工内耳だけと言った1つの分野を極めた名人が生まれました。その時は良かったんですが、後から弊害が生まれてしまったんです。
 どうしてかと言うと、教育を受ける子どもは多種多様なものを持っていますし、そこから発達・成長をしていきます。なので、一本槍の教育では全てをカバーする事なんて出来ないんです。

 子どもの成長に応じて、手話が入る時期があり、聴能が大事な時期もあるし、指文字が役立つ場面があるかも知れない。
 一本鎗の教育では、私が師事したシモンズ・マーティン先生の言う8つのルールを守り続けなさいという方法だと、ある段階で子ども達の成長を止めてしまう恐れがあります。
 そうならないためには、方法を限定しない。学校も限定しない。
 だけど、限定しないと言う事は、一人の先生が幅広い知識を持たなければならない。中々にそんな時間を作る事は現状では難しいですから、手話なら誰にも負けない、でも人工内耳の相談ならあの先生が良いよ、という専門家同士で連携できる状態が望ましいですね。

補聴器と人工内耳の合体
 今や、その人工内耳は補聴器と合体しています。
 どうしてかと言うと、人工内耳には1つの弱点があります。人工内耳は、人間の声をキレイに聞かせるのに特化していますが、その他の環境音に弱くなっています。そのため生活音や雑音、音楽などには全然対応が出来ないんですね。なので、音声だけではなくてオーディオ全体をカバーできるようにして欲しいとなる訳です。

 人工内耳の仕組みでは、かたつむりの様な形をした蝸牛と呼ばれる器官に電極を取り付けて、その電気刺激を蝸牛が読み取って脳に送る事で、人は音を認識します(図27)。

図27
 図27


 でも、その電極は蝸牛の奥の方まで付ける事が難しかったりしたんです。蝸牛は入り口付近で高音域を、奥の方で低音域を感じますので、人工内耳を付けると難聴の人が今まで聞こえなかった高音域である「シ」などの子音が聞こえるようになります。

 それでは低音域をどうやって聞かせるかと言うと、補聴器を使ってカバーしてやれば良いんです。そうすることで、人工内耳の弱い部分と補聴器の弱い部分をお互いにカバーされます。今ではこのハイブリッド式が主流になってきています(図28、29)。

図28
 図28

図29
 図29


 そういった方式が、有名な「ネイチャー誌」に掲載されまして、3人の学者がラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞を受賞しました。
 この賞を受賞するとノーベル賞の最有力候補と言われるほどの権威ある賞なんです。
 このラスカー賞を、クラーク先生(メルボルン大学 名誉教授)、ホフマイヤー先生(メドエル社)、ウィルソン先生(アメリカ デューク大学)の3名が同時受賞しました(図30)。

図30
 図30


 こうなると、人工内耳と補聴器の対立なんて言っていられなくなりますから、キチンと扱わないといけなくなります。
 そして、私はホフマイヤー先生の招待を受けて、ご自身が社長を務めるメドエル社のあるオーストリアに行った事があります(図31、32)。そこで15分だけと言われて講演する機会を頂きました。
 また、その街には大きなスキー場がありましたので、1週間滑りだめをしてきました(笑)。

図31
 図31

図32
 図32


生の音の重要性
 さて、このように人工内耳も進化をしてきましたが、それでも人間にとっては生の音が一番聞き取りやすいんです。
 どうしても電気的に処理された第二次音源は明瞭度が悪くなりますから、生の音ほど良いんです。

 写真のスピーカーは私が愛用しているイギリスのタンノイ(Tannoy)というスピーカーですが、電気なんて一切使わないんです。レコードから直接音を読み取って伝声菅を伝って音を流すので、とても良い音がするんです(図33)。

図33
 図33


 もうこのスピーカーは手に入らないのですが、最近では最新機械ですらこのオーディオには敵わないと思うようになりました。
 楽器や声など生で聞く音を第一次音源と言いまして、マイクを通して録音された音は第二次音源と言います。

補聴器の新しい使い方
 難聴ではない人に対しても、補聴器が有効になる時代が来ています。例えば、アスペルガー症候群の人に見られる聴覚過敏。音が聞こえすぎる症状に対して、今までは対処のしようがなかったんです。
 補聴器なんて、それの正反対に位置する機会だと思っていたんですが、今のデジタル補聴器では嫌な音をカット出来るようになったんですね。
 ただ、聴覚過敏は音だけではなくて、体全体が過敏になっている状態ですので、一概に聴覚だけでは解決する問題ではないのですが。でも、ある特定の音を聞くとパニックになるとか言う場合には、補聴器で対応が出来るんです。

補聴器の発展性
 あと、英語を良く聞き取る補聴器というのもあります。「エル」と「アール」を聞き分けし易いように出来る補聴器なんて言うのも簡単に作れてしまうんです。
 また、目の見えない人が高齢になってくると、今まで頼りにしてきた聴力が低下してしまいます。そうなると、より聴覚に頼るようになりますので、そういった人に適した補聴器を考える必要が出てきます。

聾・難聴教育の見える化
 それから、私の乳幼児教室に通っていた東北大学の元総長である菅井邦明先生ですが、この方は「ゲンコツ山のタヌキさん」で博士論文を作った人です(図34)。

図34
 図34


 どういうことかと言うと、乳幼児教室に通っていた親子と一緒に「ゲンコツ山のタヌキさん」を聞かせて遊ばせていたんですね。その様子を8ミリビデオでずっと撮影していたんです。それを3、4年もやり続けていました。
 そのビデオを編集して、子どもの言語獲得の様子をまとめたんです。最初はポカ~ンとしていた赤ちゃんが、手遊びをするようになり、発音が段々とハッキリしてくるようになるのが、目に見えて分かったんですね。
 こういう見える化をやらなければいけません。聾学校の先生は毎日その姿を見ているんですから、こうして記録を取るという作業が重要になります。

患者自身が研究者に
 当事者研究と言うのですが、今では障害を持った方自身が情報を集めて研究をするようになりました。
 有名な方では、私の研究室の仲間で脳性麻痺のために車椅子を使っている熊谷晋一郎という先生がいます。
 彼は、東大の医学部に初めて障害者として入って、小児科の臨床医になった人です。今では一流の研究者として活躍されていますが、こう言う人がたくさん出てきています。

 あと、福島 智教授という方がいます。この方は目も見えないし、耳も聞こえない盲聾者です。この方が少年の頃、母親である令子さんが親子のコミュニケーション手段として点字を発明したんですね(図35)。

図35
 図35


 令子さんが、暗闇と沈黙の世界に閉じ込められた自身の息子とどうやって交流するか悩んでいました。
 するとある時、覚えたてのタイプライターの点字を息子の手のひらに打ってみたんです。そうしたら息子の顔が明るくなったのをアレッ? と思い、試しに手のひらに「さとし わかるか?」と打ってみると「おかん! わかるで!」と反応したんです。

 その事がきっかけとなって指点字が発明されたんです。

 そして、福島先生は外の世界と交流できる手段を得まして、言葉・常識・人間関係を作り上げた人です。今ではまるで外交官のように、私とは比較にならない位に多くの人と交流して、感銘を与えている研究者になっています(図36、37)。

図36
 図36

図37
 図37


聴覚とは繋がりである
 最後に、ヘレン・ケラーが哲学者カントの言葉を英訳した言葉ですが、視覚障害は「人と物」を繋がりにくくする障害で、聴覚障害は「人と人」を繋がりにくくする障害である、という事です(図38)。

図38
 図38

「みる」と「きく」という漢字の数から言っても、「みる」漢字は187文字あるのに対して、「きく」漢字は13文字しかありません。教育の一部分を見てもこのようなギャップがありますから、この偏りには注意しなければいけないと思います。
 他の分野より何倍もの意識を持っていかないと消えていってしまうのではないか、そういった職業をやっているんだと言う危機意識を持たないといけません。

 ご清聴、ありがとうございました(図39)。

図39
 図39 講演後の記念撮影


大沼直紀先生のフェイスブックより
 今朝の音楽はトスカニーニのNBC交響楽団「サン=サーンス交響曲3番」。カーネギーホール1952年録音。一昨日の講演の後、仙台駅まで三好彰先生がランドローバーをスピード運転して送ってくれた。カーステレオでこの「オルガン」を聴きながら。降車の際にプレゼントされたもの(図40)。

図40
 図40

おわり

聴覚障害に携わる方々へのメッセージ 1」(2022年7月 No.329)
聴覚障害に携わる方々へのメッセージ 2」(2022年8月 No.330)

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