2021年11月(No.321)
難聴児・者に対するコロナ対策マスク装用の影響
「難聴者の明日」No.193
院長 三好 彰
こちらは、本年1月号に掲載した「難聴者に対するマスクアンケート」の回答をもとに分析を加えた報告記事です。
記事は、全日本難聴者・中途失聴者団体連合会の会報誌193号に掲載され、同様の内容は10月22日(金)、第66回 日本聴覚医学会の演題発表でも公開いたしました。
はじめに
コロナ・ウイルス対策として、全国民に対してマスクの常時装用が強く推奨されています。一方、難聴児・者のほとんどは、情報の取得に際し聴覚以外に会話時の相手の表情、口元の動きに多くを依存しているものです。ところが、全国の難聴児・者がコロナ下においてマスク装用でいかに困惑しているか、実態が余り知られていません。そこで、以下に記すようにアンケート調査を行ないました。
対象・方法
全難聴(全日本難聴者・中途失聴者団体連合会)を始めとする全国の難聴児・者の団体などにアンケートを送付し、1.回答者の性別・年齢・居住地域・障害者等級 2.聴力 3.補聴手段 4.マスク装用時の問題点 5.対処方法 6.耳マーク・透明マスクへの期待度 7.その他(自由回答)などについて、対象者から回答を得ました。
質問4から6の詳細については、以下の通りです。
質問4.マスク着用で困った事を教えて下さい(複数回答可)。
回答:
① 相手の発音が不明瞭になる
② 相手の口元が見えず、会話が不自由になる
③ 町中等で不意に声を掛けられた時、誰に向けて対応すべきなのか咄嗟に判断し難い(図1)
④ こちらの口元を見てもらえず、相手に話の内容を分かってもらいづらい
⑤ その他(※自由回答)
質問5.そうした不自由への工夫について教えて下さい(複数回答可)。
回答:
① 相手にマスクをずらして貰う
② まず自分からマスクをずらす。
③ 手話・指文字を併用
④ 文字で書いてもらう
⑤ その他(※自由回答)
質問6.新しい対策について
メディアやインターネット上では、いくつかの改善策が発信されています。例えば、マスクに「耳マーク」を描く、透明素材のマスクの開発など、検討に値するアイデアが模索されていますが、そういった情報についてお考えを教えて下さい(複数回答可)。
回答:
① 自分のマスクに「耳マーク」を描く。
a.試みてみたい
b.考えていない
c.その他( ※自由回答 )
② 透明マスクの開発
a.期待する
b. 期待しない
c.その他( ※自由回答 )
③ その他( ※自由回答 )
結果
135名から回答がありました。
I.マスクによる困りごとは、表1・2に見るような結果が得られました。
1.一見して、マスクによる語音の不明瞭化(表1.4-1)並びに会話時の相手の口元が見えないために会話内容の把握が不十分になること(表1.4-2)、が補聴器(以下、HA)・人工内耳共に2/3近くで自覚されていることが判ります。
2.又、図1に示した後ろからの声掛けに対して振り向いても、その場に居る人間の全てがマスクを装用しているために肝心の相手が判明しづらいとの現象がHA・人工内耳の1/3で生じていることも判りました(表1.4-3)。
3.逆に自分がマスクを装用しているために、相手から口元を見てもらえず会話が成立しないとの傾向も1/3で訴えられています(表1.4-4)。
4.それに対して相手のマスクをずらしてもらうお願いも1/3で試みています(表1.5-1)。
5.相手にもよりますが、先ず自分のマスクを外して会話を試みる例も、HAで1/10、人工内耳で1/4に存在しました(表1.5-2)。
6.手話・指文字の併用はHA・人工内耳とも1/4が行なっています(表1.5-3)が、この2つの手段の心得がある回答者ばかりでないことは言うまでもありません。
7.誰でも可能な手段である筆談はHA・人工内耳とも2/3近くが併用しています(表1.5-4)。
ただし筆談は相手の協力が必要で、後述の自由回答のように非協力的な相手も皆無ではありません。
8.耳マークに対する期待度は1/4程度で、後述するマークの知名度と本人の恥ずかしい気持ちが現れた数値と考えられます(表1.6-1)。
9.HA・人工内耳・なしの3者ともに1/2以上が期待する透明マスクは、コストと入手し易さ、何よりも相手が装着してくれるかどうかに依存する部分が問題ではないかと思われます。
10.表2の困りごとと補聴手段に関しては、手話・指文字と文字化が半数近くを占めており、機器を使用しての文字化は未だ少数に留まっています。
しかしこれは、今後ニーズの増加に応じて商品化が進み機器の供給が容易となれば、又事情が変わってくるものと思われます。
II.1.自由回答では、
a.①コロナ渦でマスク取り外しは言い難い、相手も不服そうで理解が得られない、②手話を使う聾者と違い、難聴者は理解に遠い、
b.コロナ渦で入院、看護師がマスク外してくれたが感染リスクを考えると申し訳ない、
c.①マスク外すお願いが病院・店舗で出来なくなった、②口元見えず読話出来ず表情も読み取れない、③コンビニで「箸」の要・不要を問われると聞こえない(図2)、
d.①人工内耳、メガネ、マスクとの三重は耳が痛い、②マスク着け難く外れ易い、
e.国会中継に字幕がない、
f.医療機関勤務のため外せない、透明マスクの有用性を健聴者に理解して貰うのが難しい、
g.①筆談も面倒がられる、②聴覚障害者=手話ではない、③公的機関等では文字情報を増やして欲しい、
などとその困惑が目に浮かびそうな回答がいくつも寄せられています。
2.自分たちの対策や、公的対応として、
a.アプリ等利用25例
b.耳マーク38例
c.透明マスク83例
d.筆談31例
などが挙げられました。
但し、それに対する健聴者の理解不足は、やはり付き物のように思われました。
3.しかし、
a.知事などが会見の際マスクを外す改善は見られた、
b.病院で番号表示器を置くよう頼み設置して貰った、
などの成果を報告する回答者も見られました。
考察
1.著者は難聴者団体の一つ全難聴の元顧問として、難聴児・者の社会保障に協力して来ました。
実際、1986年には全国難聴者研究大会に三笠宮寛仁親王(図3)を私のルートでお招きしたり、また、1988年のスイス・モントルーにおける国際難聴者国際会議で難聴者の付き添い(図4)をしたり、私なりに出来ることをして来たつもりです。
しかしコロナ・ウイルスの全世界的な感染の広がりに対して、国民全員に対してマスクの常時装用が一般的となっている今日、聴覚のみならず対話相手の表情や口元の動きに多くの情報を頼っている難聴児・者の困惑はいかばかりでしょうか(図5・6)。
こうした難聴児・者の医学的障害と対峙する責任を負う私たち耳鼻科医が、彼らの困惑を見過ごしにすることは到底できません。
ここでは主に全難聴を始めとする全国の難聴児・者から寄せられたアンケートをもとに、どのような対応ができるのか、その可能性を探りたいと思います。
2.目に見えない障害
普段から難聴児・者はその障害を外観からは判ってもらえない、という悩みを抱えています。
このため傍らの人からの声がけに気付かず、不注意と思われたり、無礼な人間と誤解されたり、中には知能に関わる感ちがいをされたり、心に傷を負うことも少なくありません。
3.マスク常用の社会の中で
表にまとめた困りごと以外に、マスク装用それ自体には発話する際の語尾の「子音」がはっきりしなくなり会話が不明瞭になるという問題があります。それら諸問題を助ける手段として、ループシステム(図7)、ロジャー(図8)、ポケトーク(図9)、などの機器が用いられるようになりました。さらに最近では、会話の音声が手話や文字へと変換されるスマートグラス(図10)と称する新しい眼鏡の開発も行われているようです。
ただこれらの手段を活用してもなお上記の問題点が全て解決されるという訳ではなく、今後も学会発表やメディアへのアピール等を通じて一つひとつ問題点の改善を訴えかけて行く努力が不可欠です。
とはいえ本当は、周囲にいる正常聴力者(健聴者)には難聴者が「耳が聞こえない」、つまり目には見えない障害を有している事実を外観からは認識できないことが最大の問題であり、これはマスクの有無にかかわらず、難聴という病態に常につきまとう難題です。
以前の箱型補聴器では、相手の目の前に自分の補聴器をかざすことで難聴だと分かってもらうことができましたが、現在、小型化した耳掛け型もしくは耳穴型補聴器では外見からは難聴と分かり辛い傾向がかなり強くなっています。
4.耳マークの問題点
それに代わるものとして、難聴者であることを示す耳マークなどを着けたりする対策がありますが、この耳マーク(図11)自体が世界的に統一されていないという現状があります。また難聴者団体の中で耳マークの活用が提唱されて何十年と経っていますが、その当時からマークを推進していた世代の団体の会員たちがすでに世を去ったことも、普及が進まない大きな原因なのかも知れません。
それに、耳マークが普及しないその一因として、目立ちたくない、恥ずかしい、特別扱いされたくない、という自身の心の意識、加えて児童では別扱いを受けることでイジメが起きる、という問題が生じてしまうことも皆無ではなく、マークが日常的に使用されにくい隠れた要素となっているかも知れません。
5.補聴器普及の背景
他山の石と形容すべきかも知れませんが、アメリカで補聴器が現在のように普及した背景には、1983年にレーガン大統領が挿耳型の補聴器を付けて大統領としての公務を果たしている姿が有名になったエピソードがあります(図12)。
耳マークも、バッジにするなどのさり気ない形で活用する方法も良い案だと思います(図13)。こうしたどこでもさりげなくその姿を見かけるような積極的な活用の実例があれば、それがきっかけとなって社会的に認知される可能性も少なくありません。
6.耳マークの普及に向けて
例えばの話ですが、今年4月17日にアメリカのバイデン大統領と菅総理が首脳会談をした時に、バイデン大統領は二重マスクを着けていましたが、その外マスクに耳マークを付けてみる(図14)などといったアピールも、もしも実現していれば今後の耳マークの啓蒙には大いに役立ったに違いありません。
もちろん現実にはバイデン大統領は難聴ではないので、むしろレーガン大統領がマーク付きマスクを使用してくれていたら……という夢想に過ぎませんが。
そんな思いを込めてモデルはバイデン大統領のままイラストに描いてみましたが、二重マスクでもあり衛生面に配慮しつつ耳マークを付けることはそんなに目ざわりなものとは思えません。せめてこのような形から耳マークの意味を世間にアピールして行くということも、難聴者自ら試みる必要があるかも知れない、そう思います。
耳マークの海外と日本との差異は、日本語と英語の違いくらいに割り切って使用するのも、考え方次第ですし、ね。
7.透明マスク
今年になってごくわずかずつですが、透明マスク(図15)が販売されるようになって来ました。コストと生産枚数の問題はあるものの難聴児・者間で頻用されるようになれば、事態の改善は期待できます。
しかし難聴児・者にとって本当に必要なのは自分たち同士ではなく、自由回答II.1.fのように周囲の健聴者がこのマスクを使用してくれることなのです。その努力は、難聴児・者と共にコロナ・ウイルスの流行下の世界を生きて行く、私たち自身にも責任のあることではないかと、考え込むことも少なくありません。
¥1,480(税込み)
さいごに
現在、難聴児・者の実情を理解してもらえる様々な方法が模索されています。要はニーズがあればサプライ(供給体制)は進展しますので、いつかもっと改良された手段が身近なものになってくるとは思います。そのニーズを探るためにこうしたアンケート等を活用するだけでなく、難聴者自らも勇気を出して、不十分ではあってもここに挙げて来た方法をできることから少しずつ活用することも、ニーズを産む上で必要なのではないかと、感想を持ちました。もちろんまわりに居る私たち健聴者が、それを少しでも助けてやることができたら、と切実に考えてもいます。
せめてその一助としてこのアンケート結果は、可能な限り学会やメディアなどを通じて社会にアピールし、難聴児・者がマスクでいかに困っているかを周知して行くつもりです。加えて難聴児・者自身にも今一つの勇気を持って頂けることが、コロナ下の難聴児・者マスク問題理解に有用ではないかと思います。
本誌をお読みの会員の方々は、聴覚以外の専門に打ち込んでおられる方々も多い訳ですから、こうした難聴児・者の置かれた境遇についてもしかしたら余りなじみがないのかも知れません。
でも、どうかお心の片隅に留めて頂くことができたら、と念じずにはおれません。
第66回 日本聴覚医学会(10/22(金)、東京・昭和大学 上条記念館)での演題発表版はこちらです。
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