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みみ、はな、のどの変なとき

99 咽喉頭異常感症

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のどに何かある。痛い訳じゃないし、⾷事もなんともない。だけどつばを飲み込んでやるとヘンだし、いつも気になって仕⽅が無い。それなのに⽿⿐科医に相談すると、のどの中を診察して何も無いと宣告されてしまう。そのような状態を、咽喉頭異常感症と呼んでいます。この咽喉頭異常感症、最近増えて来ている感があります。おまけに、訴えがくどく治りにくいこともあって、⽿⿐科医の頭痛の種です。

これまで咽喉頭異常感症の原因として、鉄⽋乏性貧⾎や⾷道炎などが考えられていました。それに、ごく初期の腫瘍の可能性も想定されています。しかし、咽喉頭異常感症の症例はかなりの割合で不定愁訴を伴うことも多く、むしろ⼼因性・精神病性との関連が、疑われます。

私たちは、私たちのもとを訪れた咽喉頭異常感症の⽅54例に対し、⼼理検査を含めてさまざまの検査を実施しました。そして、うち18例で⼼因性・精神病性の病態が関与していることを、つきとめました。その内訳は神経症(いわゆるノイローゼです)が8例、デプレッション(うつ病のことです)が8例、それにセネストパチー(異常体感症と訳されています)という妄想性の精神病と⼼⾝症がそれぞれ1例ずつ、⾒られました。やはり咽喉頭異常感症には、⼼因性・精神病性疾患が相当の確率で紛れ込んでいます。

これら、⼼因性・精神病性の咽喉頭異常感症症例の中でも、精神病性の要素の強い例ほど、のどがヘンだという訴えはしつこくなります。例えば、セネストパチーの1例。この⽅は20歳代半ばの男性で、⾷後ののどの違和感から”細い管がのどに存在して、その中を⾷物が降りて⾏く”と信じ込むようになります。精神科にはすでに⼊院中でしたが、主治医と相談して私は、のどにそんな管の実在しないことを、検査・説明することになりました。

もちろん、のどの細い管なんて、いかなる検査をしようと⾒つかる訳がありません。私は懸命に説明を試みました。本⼈から求められる検査も、何度か繰り返しました。しかしこの⽅は⼀時的に納得しても、また2〜3⽇後には別の反論を⽤意して、私のもとへやって来ます。なぜなら、本⼈は極めて明確な妄想を持っていましたし、それは確信とさえ形容できる強固なものだったからです。もちろん、病識(⾃分が病気だという意識のことです)など、まったくありません。
 セネストパチーは最終的に、妄想から思考障害に⾄ります。この⽅もご他聞に漏れず精神障害が進⾏したらしく、徐々に私のもとから⾜が遠退きました。

また、神経症の1例である20歳代後半の男性の受診⾵景はこんな具合でした。この⽅は観察していると、どこへ⾏くにも常にティッシュペーパーを携えています。そしていつも、診察中私と話をするときでさえ、そのペーパーに唾液を吐き出します。だってそれは、のどの違和感が気になる余り、なぜか⾃分でもそうせざるを得ないから、なのです。

近年増加が注⽬されているデプレッションの症例は、咽喉頭異常感症の中にも⾒られます。

このデプレッション、⼀般に”仮⾯うつ病”などと呼ばれたりするように、なかなか本⼈も主治医もその正体に気付きにくく、⾒過ごされ易い病気です。それはデプレッションは”うつ病”という疾患のイメージからは想像もできないくらい、実に様々の⾝体症状を伴うからです。例えば、”疲れ易い””良く夢を⾒る””朝早く⽬が覚める””頭痛・頭重感がある””⾷欲が無い”、これら⾝体の症状がデプレッションのとき、良く観察されます。

もちろん精神⾯の症状は、当然豊富です。”憂うつで気が沈みがち””何をするのもおっくうで根気が無い””朝の⽅が体の調⼦が悪く、午後の⽅が良い””性格は⼏帳⾯、凝り性でものごとに熱中する⽅である”などです。でもこれらの症状があっても、もしくは⽿⿐科的な訴えに随伴していたとしても、それがデプレッションだとは、本⼈さえすぐには気付きません。おまけに、咽喉頭異常感症のようなのどの症状が主体となる訴えの場合、⼼⾝の様々な症状との関連について⾃分ではとても理解できません。そんな有様では、⽿⿐科医に伝わる情報量が少なく、⽿⿐科医も⾸を傾げます。

確かに、⾃分ではのどが悪いのだと信じ込んでいる⽅は、のどを診てもらおうと⽿⿐咽喉科を受診するのでしょうから、医師に向かって睡眠障害などのどの症状以外の情報は伝えてくれないでしょうけれど。ですから咽喉頭異常感症を扱う⽿⿐科医は、のど以外の部位の症状についても積極的に聞き出すようにしないと、病気の全体像を⾒失うことになりがちです。

しかしデプレッションによる咽喉頭異常感症の症例には、放置できない⽅も時におられます。⽿⿐科医も、⼼の病を⾒分ける⽬が要求される時代ではないかと、私は考えています。

 

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