2020年6月号(No.304) 英国サフォーク州の初夏の光景 イギリスのロンドンから北東へ車を走らせると、北海に面したサフォーク州に辿り着きます。丘陵地帯と長閑な田園風景がどこまでも続く中、刈り取られた牧草の丸められたロールが無数に転がっているのが目に映ります。 そして、心地よい風が吹くと共に、カモガヤの花粉が空中へモウモウと飛散していきます。 そう、初夏のイギリス中で見られるこの光景が、世界初の花粉症と言われたカモガヤ花粉症を引き起こしたのです。 19世紀初頭、農民の間でくしゃみ、鼻みず、鼻づまりの症状が頻発しました。それと同時に熱っぽくなることから、この原因不明の症状は枯草熱(こそうねつ)、ヘイ・フィーバーと呼ばれていました。 今でこそ、その症状がカモガヤ花粉による花粉症である事が分かっていますが、当時のイギリスでは初夏に流行る風邪の一種だと認識されていたようです。 なぜ、それ程までにカモガヤが大飛散してしまったのか? それは英国の国土の45%が牧草地で、森林は僅かに全体の9%しか無い事からお察し頂けるかと思います。 15世紀以降、七つの海を制覇した大英帝国は、その国力を支える木造帆船の建造のために国中の森林を軒並み伐採してしまいました。そして、ロビンフッドやアーサー王伝説で語られるようなイギリスの深い森の殆どがこの時代に消滅してしまい、その後にカモガヤが大量に生えてしまったのです。 車窓から望む初夏の風物詩も、長い人類史の中で生み出された文明の残滓なのかも知れないと思うと、また一つ歴史への理解が深まったような気がします。