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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

2018年白老健診旅レポ(1) 医事課 成田なな

●はじめに

 2018年7月4日(水)~7月6日(金)に北海道白老町の耳鼻科健診に同行させていただきました。去年は食レポを担当して患者様から好評を頂きましたが、今年は旅レポになります。少しでも多くの方へ白老町の良さを伝えられる様に頑張って記事を書くので、飽きずに見て頂ければ幸いです!

●白老町

 白老町は北海道の南西部、太平洋に面しており人口は約1万8千人。新千歳空港から車で約40分と距離は少しありますが、北海道の壮大な地を感じながら景色を眺めていると時間があっという間に過ぎていきます。
 東西には温泉で有名な登別と 苫小牧があるのも魅力ですね。
 白老は自然に囲まれた町なので都会に疲れを感じている方、私のようにSNSばかり見ていて目が充血している方はぜひ白老の自然に触れてみてください。私は滞在中にかなり目が休まりました。都会のおしゃれな壁で写真を撮るのももちろん良いですが、たまには都会から離れた緑の多い場所にカメラを向けるのも良いですね。
 元々この地はアイヌの集落があった地域で、白老とはアイヌ語の「シラウオイ」からきていて「虻の多いところ」という意味だそうです。皆さんも地元の由来を調べると新たな発見があるかもしれませんね。

●白老健診の歴史

 院長がなぜ、毎年白老を訪れているのか。それは1856年(安政3年)、南下政策をとるロシアの圧力を防ぐため東北6藩に幕府から北海道(当時の蝦夷地)の警備を命じられたのが始まりです(図1)。その際、仙台藩は警備の拠点を白老に決定し、元陣屋を築き上げたのが院長の5代前のご先祖様、三好監物だったのです(図2)。
 元々、幕府は苫小牧に元陣屋を置くよう指示していましたが、三好監物が調査をし、白老の方が自然の地形をそのまま防衛に利用出来ると考え幕府に提案したそうです。
 時は流れ、1981年(昭和56年)、白老町と仙台市は姉妹都市となりました。
 先代と深く縁のある白老町に耳鼻科医が居ないと知った院長は1989年(平成元年)から白老町の耳鼻科健診をスタートさせたのです。それから30年。改めて考えると、私が生まれる前から白老の健診をやっていたのですね……歴史を感じます。

(図1) (図1)各藩の守備範囲

(図2) (図2)院長のご先祖・三好監物

●仙台藩元陣屋資料館

 滞在2日目に仙台藩元陣屋資料館を案内して頂きました(図3)。入館料は大人300円、中小人150円とお手頃価格です。
 まず館内に入ると立派な鎧がお出迎えしてくれます(図4)。ここにはVTR資料や当時の武具、ジオラマなどがあり、分かりやすく歴史を学ぶことが出来ます(図5~9)。
 今年はあいにくの天気で外を回ることが出来ませんでしたが、樹齢160年を超える赤松や塩釜神社などもあり見応えたっぷりです。赤松せんべいや珈琲も販売しているらしいのでお土産にいかがでしょうか。
 突然ですがここでクイズです。

(図3) (図3)立派な佇まいの資料館

(図4) (図4)威厳を感じる鎧

(図5) (図5)黒地に日の丸の軍扇。かっこいい~!

(図6) (図6)三好監物が所有していた印章

(図7) (図7)仙台藩関係者が作成した白老周辺の図

(図8) (図8)三好監物が作成した蝦夷地全図

(図9) (図9)アイヌ村長(左)、七十七銀行の初代頭取の氏家秀之進(中)、一番右が三好監物です

 展示品の一つとして飾られてある蝦夷島奇観(図10)。これに描かれているこの動物(図11)はなんでしょうか? シンキングタイムです。

(図10) (図10)当時の様子が描かれた蝦夷島奇観

(図11) (図11)私の予想はシャチでした(大きな間違い)

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 正解は……オットセイでした! これを知らないと「にわか」と言われるそうなので、皆さんもぜひ覚えておいて下さい。
 さあ、大変お待たせいたしました! 毎年恒例のあのコーナーです。今年、鎧を身に付けるのは佐藤Ns.!(図12)ポーズも決まっています! このあと佐藤Ns.は重い鎧を身につけたまま館内を歩いていました。佐藤Ns.は意外にも力持ちなのですね……。
 ちなみに私は去年、重さに耐えられず一瞬で脱ぎました(笑)この体験は人気のようで、多いときには数十人に着せてあげるそうです。汗だくになりそうですね。
 健診と観光が終わり、足が疲れていたので夕食までの空き時間に、佐藤Ns.とホテルふる川にて足湯に入りゆっくり過ごしました(図13)。

(図12) (図12)いざ戦場へ(?)

(図13) (図13)海を眺めながらブレークタイム(ホテルふる川の足湯から)

つづく