イスラエル訪問レポ3 総務課 青柳 健太|3443通信
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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

イスラエル訪問レポ3 総務課 青柳 健太

●はじめに

 2018年4月26日(木)から5月5日(土)にかけて、院長と私は中東のイスラエルに行ってきました。
 ここでは、数千年の歴史が根付くイスラエルについて、シリーズでご紹介いたします。

〇前号のあらすじ

 イスラエル滞在の2日目、テルアビブ市庁舎にある故ラビン首相の記念碑や、庶民の台所カラメル市場を見学しました。

●4月27日(金)、2日目

 午前中にテルアビブ市街を回ったメンバーは、テルアビブの南にある港町ヤッフォへと向かいます(図1)。

(図1)ヤッフォの位置 (図1)ヤッフォの位置

〇世界最古の港町ヤッフォ

 地中海に面する港町ヤッフォは、古代から栄えてきた古い歴史を持つ町です(図2、3)。
 その発祥は紀元前18世紀頃にまで遡ると言われていますが、一説にはエジプト中部のアマルト遺跡から見つかったアマルナ文書には、紀元前2600年頃にヤッフォという町の名前が出ているそうです。
 どちらにせよ、いま私たちの眼前に広がっている景色は、数千年前から栄えた世界で最も古い港町の1つであると言う事です(図4)。
 町自体はそこまで大きい訳ではなく、特にヤッフォ旧市街は歩いて回れるくらいの範囲に代表的な遺跡が集まっています。

(図2)ヤッフォ市街の地図 (図2)ヤッフォ市街の地図

(図3)ヤッフォから眺める地中海 (図3)ヤッフォから眺める地中海

(図4)約1000年前(1036年)のヤッフォの様子 (図4)約1000年前(1036年)のヤッフォの様子

〇昼食「アボラフィア」

 築100年を超える建物が連なるヤッフォ旧市街。その中心の広場には町のシンボルとも言えるオスマン朝の時代に建てられた時計台があります(図5)。
 その時計台広場から伸びるイフェット通りに面したレストラン「アボラフィア」が昼食の会場です(図6)。
 アラブ系のオーナーが経営するこのお店では、スタンダードなイスラエル料理が楽しめますが、特におすすめなのが「シシュリック」(図7)と呼ばれる牛・鳥・ラムの串焼きと、ひよこ豆のペースト「フムス」です(図8)。
 このフムスは単独で食べても良いですが、いくつもの小皿に乗せられた前菜類と一緒に、薄く焼いたパン「ピタ」に挟み込んでかぶりつくのが一番です(図9)。
 前菜のラインナップは、ゴマとコーンのペーストの「タヒーナ」(図10)、ナスのペーストの「ババガヌーシュ」(図11)、ニンジンのピクルスの「トールシ」(図12)、トマトとチリソースの「サラット・トルキー」(図13)、トマトと玉ねぎを塩とオリーブオイルで混ぜた物(図14)などです。
 コーンマヨネーズ(ゴマも)がベースになっているので、日本人にとっては馴染み深い、また想像しやすい味だと思います。
 その勢いで2~3個食べてしまい、お腹も丁度良く満たされます。しかし、そこでメインディッシュが登場すると、その時になってやっと今まで食べた物がただの前菜だった事を思い出します。

(図5)オスマン朝時代の時計台 (図5)オスマン朝時代の時計台

(図6)砦を利用したお店 (図6)砦を利用したお店

(図7)串焼き「シシュリック」 (図7)串焼き「シシュリック」

(図8)ひよこ豆のペースト「フムス」 (図8)ひよこ豆のペースト「フムス」

(図9)何個でもいけます (図9)何個でもいけます

(図10)ゴマとコーンのペースト「タヒーナ」 (図10)ゴマとコーンのペースト「タヒーナ」

(図11)ナスのペースト「ババガヌーシュ」 (図11)ナスのペースト「ババガヌーシュ」

(図12)ニンジンのピクルス「トールシ」 (図12)ニンジンのピクルス「トールシ」

(図13)トマトとチリソース「サラット・トルキー」 (図13)トマトとチリソース「サラット・トルキー」

(図14)トマトと玉ねぎのオリーブオイルかけ (図14)トマトと玉ねぎのオリーブオイルかけ

〇地中海を臨むケドゥミーム広場

 昼食後、オスマン朝時代の要塞の建つケドゥミーム広場を目指して移動します(図15)。この広場は小高い丘の上に位置しており、周囲を見渡せるようになっています(図16)。
 眼前には、陽光を浴びてエメラルドグリーンに輝く地中海が広がっています。
 私は、生まれてから一度も色合い豊かな海を見たことがありませんでした。
 一生に一度は、キレイな海を見てみたいと願っていましたが、いざ目の前にその光景が広がると、何とも言えない想いに満たされます。
 実は、燦然と輝く地中海を見たことが、この旅で一番感動した瞬間でした。

(図15)ケドゥミーム広場 (図15)ケドゥミーム広場

(図16)オスマン朝時代の大砲と院長 (図16)オスマン朝時代の大砲と院長

〇聖ペテロ教会

 ケドゥミーム広場に建つ聖ペテロ教会は、イエスの宣教時代に北部のガリラヤ湖で出会った弟子のペテロに縁のある教会です(図17)。
 聖ペテロは、このヤッフォを起点として伝道の旅に出たと言われており、その出来事を記念して建てられたのが聖ペテロ教会だったと言われています。

(図17)聖ペテロ教会 (図17)聖ペテロ教会

〇願いの橋

 聖ペテロ教会の真向かいに、願いの橋と呼ばれる木製の歩道橋があります(図18)。
 ヤッフォに残る古い言い伝えを基に、橋に掘られた星座を触りながら海を見ると願いが叶う、と言うスポットとして、地元のアーティストが手掛けたそうです。

(図18)願いの橋 (図18)願いの橋

〇アンドロメダの岩

 広場の西側には展望スペースがあります。そこでは、海にポツッと突き出たアンドロメダの岩と呼ばれる岩礁が目に入ります(図19)。
 なぜアンドロメダの岩と呼ばれているのか? それはギリシア神話のあるエピソードに語られています。

(図19)アンドロメダの岩 (図19)アンドロメダの岩

〇通りがかりの英雄に助けられたアンドロメダ

 アンドロメダとはエチオピアの女王の名前でした。ある時、アンドロメダの母ネーレーイスが、海の女神たちに自身の方が美しいと自慢しました。
 それを聞いた海神ポセイドンは怒り海の怪物をエチオピアに差し向けます。
 ポセイドンの怒りを鎮めるため、アンドロメダは生贄として岩礁に括り付けられました。
 アンドロメダが海の怪物に飲まれんとしたその時、通りがかりの英雄ペルセウスが現れて海の怪物を退治します。
 この神話に出てくる岩が、ヤッフォにあるアンドロメダの岩だと言われています。

〇皮なめしのシモン

 前述したキリストの弟子である聖ペテロが、ヤッフォでの伝道活動をする際に滞在したとされるのが、ヤッフォ旧市街にあるシモンの家です。
 シモンとは、ヤッフォに住む皮なめし職人で、新約聖書の使徒言行録に登場しています。
 ケドゥミーム広場の西側から、海に向かって下る細い路地を降りていくと、House of Simon と手書きで記された入口があります(図20、21)。
 当時の皮なめしの職業とは、社会的地位の低い人が就く仕事と言われており、それを表しているかのごとく目立たない位置に家はあるため、説明されない限りは見過ごしてしまう可能性が高いのではないでしょうか。

(図20)狭い路地を降りていきます (図20)狭い路地を降りていきます

(図21)皮なめしのシモンの家 (図21)皮なめしのシモンの家

〇メンバーを襲うアクシデント

 シモンの家を見学していた時、メンバーの一人が「財布がない! 」と声をあげました。肩掛けバッグに入れていた財布が無くなっていると言うのです。
 直前までの行動を見直して、お店や手洗いなどに置いてきたのか話し合いますが、スリに合った可能性が高いと言うことになりました。
 財布には現金のほか、数枚のクレジットカードも入っており、不正利用がなされる前に対処しなければなりません。
 まず、今まで歩いてきた場所を遡りながら専用車まで戻り、連絡のつく限りのカード管理会社へ電話をして、カードの利用停止を手続きします。
 しかし、時差の関係で日本は夜の8時過ぎ。なかなか連絡がつかない時間帯になってしまいました。
 また、万が一の損失補償に必要となる「ポリスレポート」と呼ばれる書類を申請するために、ヤッフォの警察署へと向かいます。
 しかし、今日は安息日と呼ばれる休日の初日のため職員の数も少なく、担当官も出払っているために帰署するのを待つことになりました。
 その間、なんとかクレジットカード会社と連絡がつき、カードの利用停止を行うことが出来ました。ですが、いくら待てども担当官が戻ってくる様子はありません。
 4時間ほど待機したでしょうか。市街の東にあるもう1つの警察署に行くことになりました。

〇更なるハプニング!?

 別地区の警察署でメンバーが盗難届の手続きをしている間、残るメンバーは夕暮れに染まる街並みを眺めていました(図22)。
 その時、あるメンバーが警察署前に設置してある自動販売機を見つけました。海外では珍しい自販機の存在に興味をひかれたメンバーは、コーラを買おうとコインを投入します。
 しかし、ボトルが落ちた音はしましたが、取り出し口に商品は出てきません。どうやらボトルが自販機の中で詰まったようです。
 運転手のアワッドさんが自販機を揺さぶるも、コーラは取り出し口に姿を現しません。
 改めてよくよく自販機を見てみると、同じような事があって自販機に衝撃を加えた人がいたのか、表面が少しへこんでいます。
 メンバーは「警察署の募金箱にでもなっているのか? 」とジョークを囁いていました(図23)。

 夜の帳が落ちかける頃、ようやく盗難届の手続きを終えたメンバーが警察署から戻り、一行はホテルへと帰ります。
 昼食以後あまり動かなかったせいか、お腹はまだ満たされた状態です。私は極めて遺憾ながら夕食は遠慮して休むことにしました。
 明日は、イエス・キリストの生まれた町ベツレヘムを訪れます。 

つづく

(図22)待機中に旧市街を散策 (図22)待機中に旧市街を散策

(図23)メンバーが撮影した美人警察官 (図23)メンバーが撮影した美人警察官