イスラエル訪問レポ1 総務課 青柳 健太|3443通信
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イスラエル訪問レポ1 総務課 青柳 健太

●はじめに

 2018年4月26日(木)から5月5日(土)にかけて、院長と私は中東のイスラエルに行ってきました。
 ここでは、世界三大宗教の聖地であり数千年の歴史が根付くイスラエルについて、シリーズでご紹介いたします。

〇イスラエルとは

 近代のイスラエルという国家は1948年に建国された新しい国です。ですが、紀元前2000年頃からユダヤ民族の祖先であるヘブライ人のみならず様々な民族がこのパレスチナ地方に住んでいた歴史があり、数多くの王朝が勃興してきました。
 まず、イスラエルという名称の由来ですが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の始祖と言われるアブラハム、その孫ヤコブの別名と言われています。ヤコブは古代イスラエル王の祖先であったため、その王朝の興ったカナンと呼ばれた地域をイスラエルと呼ぶようになりました。

〇ユダヤ民族の歴史

 紀元前11世紀頃、ユダヤ人の祖先がこの地にイスラエル王国を建国しました。しかし数世紀を経て王朝は分裂し、新バビロニア、ペルシア帝国、ローマ帝国と土地の支配者が移り変わっていき、ユダヤ人は様々な地域に分散してしまいました。
 それから時は流れ、1800年代のヨーロッパにおいてユダヤ人によるイスラエルの地への回帰(シオニズム運動)が叫ばれるようになりました。
 そして、1914年に第一次世界大戦が始まるとユダヤ人はイギリスとの協力と引き換えにパレスチナ地方にユダヤ人のナショナル・ホーム(居住地)を実現させる約束を取り付けます。
 戦勝国となったイギリスはパレスチナの委任統治をする事になり、約束通りにユダヤ人の土地への移民を推し進めました。
 つまり「パレスチナ」とは土地の名称であり、「パレスチナ人」とはそこに住んでいたユダヤ民族、地中海貿易で栄えたフェニキア人、旧約聖書に登場するカナン人などの多民族からなる人々の事を指すようになったと言われています。

〇なぜ、さまざまな宗教の聖地となったのか

 キリスト教、イスラム教、ユダヤ教と言った宗教は誰もが耳にしたことがあると思いますが、実はその大本を辿ると1人の人物に関連付けられると考えられています。
 その人物とは、聖書に記された「ノアの箱舟」の主人公であるノア、その10代目の子孫であるアブラハムです。
 彼は信仰心のあつい信者だったため神からの言葉を受ける預言者となりました。その神の言葉をまとめたものが聖書やコーランという各宗教の聖典の基となったと言われています。
 一般的に聖書と言われるとキリスト教の旧約聖書、新約聖書を思い浮かべますが、これらの基になったのはユダヤ教の聖典「タナハ」です。
 時代の流れと人の繋がりが広がると共に、聖書は様々な解釈がなされていき、それぞれに共感を覚えた人が集まる事で現在の宗教の形になっていったと思われます。v  そして、それぞれの宗教にとって聖地とされたエルサレムは、各宗教にとって次のような重要な意味を持っています。

〇ユダヤ教の聖地

 ユダヤ教の視点では、この地はアブラハムの子イサクを神に捧げたモリヤの丘であるとされ、古代エルサレム時代にユダヤ教の礼拝を行う神殿が建てられた場所と言われています。

〇キリスト教の聖地

 キリスト教の視点では、神の子イエスが十字架に磔にされて最期を迎えた土地であるとされています。
 当時のエルサレムは親ローマ派のヘロデ王が統治しており、イエスの説く考えが民衆を扇動してローマに対する反乱に繋がると恐れていました。その不安が積もっていき処刑に繋がったと考えられています。

〇イスラム教の聖地

 イスラム教の視点では、アブラハムを始祖とする予言者ムハンマドが昇天した場所とされています。
 サウジアラビアのメッカ、メディナに続き、エルサレムは3番目の聖地とされています。

 このように、基は同じでもそこから発展していった経緯の違いから、それぞれが独自の神を有する宗教として発展していきました。

●4月26日(木)、初日

 今日は日本からの出国日。早朝から成田空港の国際線出発ロビーにて参加メンバーと合流します。
 今回のイスラエル訪問は、本誌ではたびたびご紹介してきたイスラエル親善大使のセリア・ダンケルマンさんのコーディネートによって実現しました。そのセリア様の声掛けにより、地元宮城県の亘理町からお二人、遠く京都から参加のお一人を交えた少人数での渡航となりました。
 朝7時、第1ターミナルから発着する大韓航空706便は、一路韓国の仁川国際空港へと降り立ち、同957便へと乗り換えてイスラエルの首都空港であるベン・グリオン空港へ向かいます(図1)。

〇仁川国際空港

 仁川国際空港は1992年に着工、9年後の2001年に開港しました。アジアとヨーロッパやアメリカを結ぶハブ空港を目標とされたため、永宗島と龍遊島という2つの島の間を埋め立てる事で広大な飛行場用地を確保することが出来ました。
 3本の滑走路と2つの旅客ターミナルがあり、年間の旅客数は約4400万人、貨物量450万トンもの処理能力を持った大規模ハブ空港です。
 私たちは、2013年に新設された北側の第2旅客ターミナルで3時間余りの接続待ちの時間を過ごします。
 ターミナル内には各種免税店のほか、冷麺・ビビンバに代表される韓国料理店、ファーストフード店やカフェ、また長時間の待ち時間を快適に過ごせるように美術館やアートギャラリーに音楽フェス、無料で使えるシャワーやマッサージチェアなどのリクライニング設備も完備しています。
 とても大きなショッピングモールのようでもあり、今ではターミナル内のお店を目的に来る人もいるそうです(図2~4)。

(図1)富士山がとてもキレイに見えました (図1)富士山がとてもキレイに見えました

(図2)仁川国際空港は巨大なショッピングモールのようです (図2)仁川国際空港は巨大なショッピングモールのようです

(図3)ターミナル内には店舗のほか、緑地も造成されています (図3)ターミナル内には店舗のほか、緑地も造成されています

(図4)セリアさんが食べたサムゲタン (図4)セリアさんが食べたサムゲタン

〇イスラエルまで12時間

 さて、ここからイスラエルまでは約12時間は飛行機内で過ごすことになります。結論を先に言ってしまえばキツイの一言です。下半身(特に足)が何とも言えない痛みを感じるので、足を揉むなり胡坐をかくなどしないと気になって眠れません。
 特にエコノミー席の窓側になるとトイレに行くのも気兼ねしてしまい、ろくに立つことも出来ません。
 座席用モニターで観た映画3本、発着前に買ったスマホ用の小説2冊を駆使するも、現地到着まで未だ5時間は掛かると知った時の気持ちは忘れられません。今度から長距離飛行の際は通路側の席にしようと固く心に誓いました(図5)。

(図5)機内食はチキンをオーダーしました (図5)機内食はチキンをオーダーしました

〇中央アジアを横断(図6)

 仁川国際空港を飛びたった957便は、中国とモンゴルの国境沿いを西へと向かい、ウイグル自治区上空でやや北西に進路を変えます。そして中央アジアのカザフスタン上空で真西に機首を向けて横断しつつカスピ海を通過します(図7)。
 途中、カスピ海と黒海に挟まれたコーカサス地方に差し掛かると、眼下に雄大なコーカサス山脈が見えてきます(図8)。
 また、そのすぐ直後にはトルコの東端にそびえる標高5137mのアララト山が姿を現します(図9)。この山は前述したノアの箱舟伝説に登場する山で、神が大洪水を起こした後にノアの箱舟が漂着したとされています。
 イラン・イラクの北端に差し掛かるころには夜の帳がおり、大地は黒一色に染められます。
 着陸態勢に入った飛行機は徐々にその高度を下げていき、イスラエルの商都テルアビブの灯りが眼前に広がります。
 予定より30分程はやく到着した957便は滑るように滑走路へと侵入し、無事なにごともなくメンバーはイスラエルへと入国する事ができました(図10)。
 セリアさんの友人であり現地の日本人ガイドでもあるエミコさんと合流し、車で1時間くらい東にある首都エルサレムに移動。ホテルへにチェックインして早々にノックダウンしました。
 明日は、4000年の歴史が積み重なったロマン都市エルサレムをまわります。つづく

(図6)957便の航路 (図6)957便の航路

(図7)カスピ海 (図7)カスピ海

(図8)コーカサス山脈 (図8)コーカサス山脈

(図9)ノアの箱舟伝説に出てくるアララト山 (図9)ノアの箱舟伝説に出てくるアララト山

(図10)ベン・グリオン空港 (図10)ベン・グリオン空港