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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

白老町健診シリーズ 写真で見るアイヌ文化(7) ~木下清蔵遺作写真集~

 引き続きまして、北海道の先住民族であるアイヌ民族の姿を映した貴重な写真集をご紹介します。

●撮影者の紹介(図1)

 故・木下清蔵氏(1901~1988年)は、現在の青森市油川生まれの写真家です。
 現存する北海道のアイヌ民族の写真は、この木下氏の手によって大正から昭和にかけて撮影された物がほとんどです。
 民俗継承と近代化の狭間を逞しく生き抜くアイヌの姿をご覧ください。

(図1) (図1)

●ひとの一生

〇葬送(図2)

 死者を前に身うちの者が無事に“あの世”に行くように祈っている。

(図2) (図2)

〇悪神払いの行進(図3)

 事故死、自殺、あるいは火事などといった出来事は、すべて悪い神の仕業だと人々は考えていた。そういったとき、コタンの人々は総出で男は太刀を突き上げ、女はそのうしろについてもの悲しい声を発しながらコタンの中を行進して歩く。こうして急変があったことを神に伝え、悪神に抗議し追い払うのである。これを白老ではニウェンホリㇰパまたはウニエンテという。

(図3) (図3)

〇悪神への威かく(図4)

 トゥシㇼ(墓)まで行進してきて、ここで死者の墓標を前に悪神に対して厳重に抗議している。これは昭和9年、白老川の鉄橋で汽車にひかれて死亡した際に行われたニウェンホリㇰパである。

(図4) (図4)

〇野辺送り(図5)

(図5) (図5)

〇死者への供養(図6)

 墓参りのような慣行は元来アイヌの人々の間にはない。この写真がどのような目的で撮ったものなのかは不明である。

(図6) (図6)

〇クワ(墓標)(図7)

 手前の先が鋭くなっているのが男用。そのうしろの丸くなっているのが女用。男女とも土葬し終えて墓標を立てた後、最後に必ずおひつやナベを逆さにして一気に底を突き抜いてそのまま放置しておく。このような墓標のタイプは地方によって異なる。白老と同じものは大体静内から室蘭あたりまで分布する。

(図7) (図7)

〇日食のまじない(図8)

 日食のことをチュプラィ(太陽・死ぬ)という。人々によれば日食は太陽が病気になったのでそうなると考えており、このとき屋根のてっぺんにイナウ(木幣)を立てて祈ったり、水を上からまいたりして、太陽の病気がいち早く治るように祈る。

つづく

(図8) (図8)