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白老町健診シリーズ 写真で見るアイヌ文化(3) ~木下清蔵遺作写真集~

 引き続きまして、北海道の先住民族であるアイヌ民族の姿を映した貴重な写真集をご紹介します。

●撮影者の紹介(図1)

 故・木下清蔵氏(1901~1988年)は、現在の青森市油川生まれの写真家です。
 現存する北海道のアイヌ民族の写真は、この木下氏の手によって大正から昭和にかけて撮影された物がほとんどです。
 民俗継承と近代化の狭間を逞しく生き抜くアイヌの姿をご覧ください。

(図1) (図1)

●伝統舞踏−リムセ−(図2)

 イオマンテ(熊の霊送り)の最後には人間と神が一体となって酒宴がくり広げられる。そのとき人々は誰れとはなしに立ち上がり全身のエネルギーを使ってうたい、そして踊る。アイヌの伝統芸能とはそもそもそうした儀式の際になされるのである。写真は旧土人小学校の庭で踊りをしているところだが、皇族をはじめ偉い役人の視察が相次いだ白老ではその都度こうして踊りを公開していた。

(図2) (図2)

●ムックリを奏でる古媼(図3)

 ムックリは数少ないアイヌの楽器の一つ。動物の鳴き声や風・水といった自然現象の疑似音、さらに個々人の思い思いの感情を託して音に表現していく。写真は近代白老アイヌの有名な伝承者・故野本フラテキ媼

(図3) (図3)

●獲物をとる−山猟−(図4)

 山猟で一番多く獲ったものは何んといっても鹿であった。その他、熊やウサギ、テン、鳥などの小動物も獲った。アイヌの山猟はたいてい秋の終わり頃から冬を過ぎ春先までがシーズンで、単独ではなく数人のグループで犬をともなって出かけるのが普通であった。

(図4) (図4)

●山猟(図5)

 獲物をねらう道具は大体近世あたりまでは弓矢。近代に入ってからは全道的に村田銃が普及した。

(図5) (図5)

●海猟(図6)

 一般にアイヌは山猟や川漁が主たる生業だったと理解されがちである。しかし、海辺りのムラムラでは古くから海漁が盛んに行われていた。人々は相当沖に出て、クジラ・メカジキ・マグロ・マンボウ・オットセイなどの大型魚・海獣類を果敢に獲っていた。とくに白老からずっと南の噴火湾にかけてはこうした沖漁が昭和の初めあたりまでひんぱんに行われていた。海のさちにどっさりと恵まれたこれらの地方の人々こそ「海の民」といってもよいのかもしれない。

(図6) (図6)

●海猟(図7)

 大型魚・海獣類はこの写真のように3人が乗り込む。そしてはるか沖合まで行って、キテ(もり)一ちょうで突いて獲るのである。

(図7) (図7)

●シリカプ(メカジキ)の頭(図8)

 体長3~5mクラスのシリカプ(メカジキ)がかつて盛んに獲られていた。



つづく

(図8) (図8)