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白老町健診シリーズ 写真で見るアイヌ文化 ~木下清蔵遺作写真集~

はじめに

 前号までにご紹介した北海道白老町での学校健診レポートに引き続き、北海道の先住民族であるアイヌ民族の姿を映した貴重な写真集をご紹介します。
 今回ご紹介する「木下清蔵遺作写真集」(図1)は、現在の青森市油川生まれの写真家・木下清蔵氏(1959~1988年)による記録写真を基に、アイヌ民族博物館が編集・発行しました。
 大正から昭和にかけての、民俗継承と近代化の狭間を逞しく生き抜くアイヌの姿をご覧ください(以下、写真集より引用)。

(図1) (図1)

白老コタンのひとびと

白老コタン(図2)

(図2) (図2)

 白老のコタン(集落)には戦前までこのようなカヤぶきの家々が建ち並んでいた。それらは小屋として用いられていた例もあるが、たいていは住居として使用されていた。写真は昭和2・3年頃(1927年頃)の冬のコタン中央部。高い棒には海漁用網がかけられている。

故・熊坂シタピレ翁(図3)

(図3) (図3)

 昭和初期の古老の正装。ひげをたくわえ、頭には幣冠、模様の入った着物を身につけ、その上に陣羽織、肩から太刀を掛けている。
 この古老以下の方々は同じような時期に白老にいた翁や媼たちで、言語・習俗ともアイヌの伝統をすべて身につけていた人々であった。これらの翁・媼たちは大体、道内・外からの見学者に対してアイヌ民族の説明をしたり、うたや踊りを紹介する仕事をしていた。

故・山丸サンケルク翁(図4)

(図4) (図4)

神々とひとびと

神々への祈り(図5)

(図5) (図5)

 ヌサ(祭壇)の前で祈りをしているところ。ヌサにはイナウ(木幣)がたてられ、イナウにお神酒を捧げながら人間が神に祈りことばを伝えている。
 イオマンテ(熊の霊送り)をはじめ様々な祭事には必ず新しいイナウが立てられて祈りが行われた。

ヌサ(図6)

(図6) (図6)

 【補足】写真の熊は、毛皮をまとって人々の元へと訪れた神とされ、イオマンテ(熊の霊送り)という儀式にて神の国へと送り帰されます。

つづく