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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

スギ花粉症の原因を探る旅 日本スギとマンモスの謎

はじめに

 毎年実施している北海道白老町での学校健診。それは院長の5代前の先祖である三好監物が、白老の地にて蝦夷地警備の拠点を構えた縁から始まった学校保健活動です。
 そして、私たちが毎年中国などで行っているアレルギー疫学調査とも、ふかい繋がりがある土地でもあります。
 ここでは、2007年の当クリニック開院15周年記念パーティーの院長の基調講演「スギ花粉症研究のお話」より、内容を一部抜粋してご紹介します。

日本固有の日本スギ?

 スギ花粉症が日本固有と誤認されたのは、スギ花粉症の原因物質つまりアレルゲンである日本スギが、日本にしか植生していないと錯覚されていたせいです(図1)。
 けれども私たちの共同研究者である、国立国際医療センターのスタッフの観察では、中国は雲南省のハゲ山に、スギが植樹されています(図2)。
 それに私たち自身の調査でも、中国の被験者でスギにアレルギー陽性反応を示す人が少なからず認められます(図3)。
 以前にも、スギの生えていないはずの北海道白老町での調査で、スギに陽性反応となる被験者が見られたことがあり、この際には町内にスギ人工林の存在することが確認できています。
 その前例から考えると、中国にも絶対にスギが生えているはずです。
 実際に中国の文献を調べると、中国の華東や華南を中心に、スギ花粉飛散の見られることが、判ります(図4)。加えて日本の資料にも、中国産スギ(柳スギ)が中国各地に植生していることさえ、明記されています(図5)。
 日本特有と錯覚されて来たスギ花粉症。そのスギ花粉症の原因物質であるスギが、名前こそ柳スギと称されていますが、中国でも観察されるのです。
 ことに長江(揚子江)中ほどの武漢市近辺では、スギ花粉飛散が大量に確認されています。この柳スギが日本スギと同じものであるか、あるいは同じ性質を持つものだったならば、スギ花粉症は中国でも発生するはずです。
 私たちは、中国は南京植物園に植生していた柳スギと日本スギとを採取し、光学顕微鏡と電子顕微鏡写真を作成しました(図6・7)。
 ところがこれらの両国のスギは、外見上はまったく相違が見られず、少なくとも形態学的には同一であることが判りました。

(図1)スギ花粉症の発見者自身が
「スギは日本の特産」と明記している

(図2)緑化運動のために植えられた
中国雲南省のスギ山

(図3)アレルゲン別スクラッチテストの陽性率

(図4)中国各地における花粉調査地点と花粉飛散数

(図5)中国における柳杉の分布地域

(図6)日本スギ(左)と中国産スギ(右)の写真

(図7)同じく、日中それぞれのスギの
電子・光学顕微鏡写真

 そこで私たちは、中国の柳スギの天然林で有名な天目山(図8)において、樹齢1000年以上のスギのサンプルを採取しました。天目山は古い山脈の一角で、そこにはなんと樹齢1億7千万年と伝えられるイチョウの巨木も実在します(図9)。
 天目山のスギ天然林の生えているあたりの光景は、まるで日本の屋久島の屋久スギの生えている周辺の風景とそっくりなのです(図10)。
 わたしたちは日本でのそれと比較する目的から、屋久スギのサンプルを採取し標本を作成しました。
 すると両国のスギのDNA 分析では、両者の遺伝子同一度は0.97であることが判りました。ごく簡単に表現すると、両者は97%同じものであることが判明したのです(図11)。
 それにしても、海を挟んだまったく別の地である日本と中国に、どうして同一のスギが生えているのでしょうか。スギがこの地上に出現したのは、今から200万年前の第3紀鮮新世のことでした(図12)。
 そして実は、その時期から氷河期の終わる1万年前まで、日本と中国(アジア大陸)とは陸続きだったのです。その証拠に日本では、大陸に棲息していたナウマン象やマンモスの化石が発掘されています(図13)。
 マンモスやナウマン象を、北朝鮮の不審船が日本までわざわざ拉致してきたのでなければ、これらの象たちは自分たちで歩いて、アジア大陸から日本までやって来たに違いありません。
 日本海は当時湖であったに過ぎず、マンモスやナウマン象たちは、凍りつき水位の下がった日本海の、大陸棚の上を闊歩して大陸から日本まで、辿り着くことができたのです。
 さらに話を進めるならば、この時期人類は世界を股にかけて歩き回っています。
 考古学的には、人類はアフリカに起源の1つがあるものとの仮説があり、そこからアジア大陸そして陸続きのベーリング海峡を歩いて南米の南端まで到達していると、聞いています(図14)。
 そして現在でも中南米の現地住民の子どもには、お尻に青アザつまり蒙古斑が見られるそうで、それはつまりアジア系の人たちが歩いて中南米まで及んだ、その名残なのだそうです。
 話をそこまで進めずとも、アジア大陸と日本は1万年前までは陸続きだったこと、マンモスや人間がそこを歩いて移動していたことは、よく理解できます。
 スギだってその当時、陸伝いにアジア大陸から日本間で、連続して植生していたと考えることは不自然ではありません。
 1万年前に氷河期が終わり温暖化が進むと、氷河が溶けて海面の水位が上がります。それまで湖だった日本海は現在の日本海となり、スギも異なった国に別々に生えていたように錯覚されます。
 日本特有と誤認されて来たスギ花粉症は実は中国にも存在すること、それはスギが地上に出現した200万年前から氷河期終了の1万年前まで日本とアジア大陸とは地続きで、スギは陸続きに両国に跨がって生育していたことが原因であること、これは両国の樹齢1000年以上のスギのDNA解析を行なうようことによって証明できること、についてここまで述べました。
 そして私たちは、1998年に南京医科大学において、日本以外の国における世界で初めてのスギ花粉症症例を発見しました。
 症例は当時32才の女性で、1989年南京市の中山陵(孫文のお墓)で遊んでいたところ、くしゃみ・鼻水・鼻づまりの発作を初めて経験しました。
 この発作は当初春と秋だけだったのですがやがて1年中生じるようになり1998年に南京医科大学耳鼻科を受診しました。その結果スギ花粉(Cj)エキス製剤に陽性反応を起こすことが確認され、中国における初のスギ花粉症症例と確認されたのです。

 この症例は日本スギ(Cj)の花粉エキスに対して花粉症症状を示していましたが、それは中国産スギ(柳スギ、Cf)にアレルギー反応を示す症例は、Cjに対しても発作を生じることを意味しています。
 それでは逆に、Cjに対してアレルギー反応陽性である日本人スギ花粉症症例は、柳スギの花粉飛散に反応して花粉症症状を引き起こすでしょうか。
 この柳スギはごく少数ではありますが、関西の植物園などに植生しています。奈良医科大学の井手氏らは関西に植生しているCfを使用して、日本人スギ花粉症症例が発作を起こすことを観察しています。

【以下引用】
ヤナギスギ花粉とスギ花粉の共通抗原性
井手 武(奈良県立医科大学化学教室 〒634-8521 奈良県橿原市四条町840)
芦田 恒雄(芦田耳鼻咽喉科医院
〒577-0801 東大阪市小阪3−4−51)

 中国に多数植林されているヤナギスギ(中国名:柳杉)は、少数ながら日本にも存在する。ヤナギスギの樹形、雄花、花粉の形や開花期はスギのそれらと相似している。スギ花粉症患者血清を用いて、ヤナギスギ花粉の免疫学的特徴を検討した。両花粉エキスは、ELISAの吸光度で強い相関を、SDS-PAGEでほぼ同じ挙動を示した。ELISA希釈試験で吸光度は血清濃度依存的であり、ELISA吸収試験ではどちらのエキスを固相、液相に用いても同じように吸収された。スギ花粉単独感作症例を対象としてヤナギスギ花粉鼻ディスクによる花粘膜誘発試験を施行すると70%が陽性であった。以上の結果から、ヤナギスギ花粉にはアレルゲン活性が存在し、これとIgE抗体との結合は特異的であり、両花粉エキスの間には強い共通抗原性が存在することが確かめられた。IgE immumoblots では、ヤナギスギ花粉エキスがIgE抗体ともっとも強く結合したバンドの分子量は、スギ花粉エキスの場合と同じ42kDaであり、これがヤナギスギ花粉の主要アレルゲンと考えられた。
日本花粉学会会誌(Jpn.J.Palynol.)45(2):131-139(1999)

 日本の土壌に生育しているCfは、その有する性質が中国本土のそれとはやや異なる可能性だってありますから、井手氏らの報告は必ずしもCf花粉の日本人スギ花粉症患者に対する活性を示しているわけではありません。
 中国本土に現実に飛散しているCf花粉に反応を起こす日本人が実在するのかどうか、それが最大の焦点です。
 そんな興味を抱きつつ、インターネットで「スギ」をキーワードに検索していたところ、突然「中国スギのおかげで、久々の鼻炎の発作と耳管の閉塞が起こり」という、ホームページのタイトルが画面上に表れました。それがドクター・ヘリのアドレスを持つ西本方宜先生(苫小牧市)のHPでした。次にお示しするのがその内容です。
 「中国スギのおかげで、久々の鼻炎の発作と耳管の閉塞が起り、帰りの中国国際航空のボーイング767と、羽田からのA300(だった? )は、ひどく苦痛だった。
 地上に降りたって3日位は軽い航空性滲出性中耳炎でよく聞こえなかった。
 特に767は、降下と共に急激に鼓膜の圧迫が始まり、恐らく日本の会社よりも機内圧力の調節はラフなのだろう。
 今日聴力を測ったら、左右とも普段より5~10 dB(デシベル)悪くなっている。鼻炎の薬はねむけが出るし集中力を落す。ほっておくと航空性滲出性中耳炎になる。
 さてもさても、アレルギー性鼻炎のパイロットは、中国での訓練は時期を選ぶ事、少し前から小青竜湯でも飲んでいくくらい、御注意申し上げて、筆ならぬマウスを置くことにしよう。(1999年4月30日)」
(http://www.doctorheli.net/Dr.Helicopter/sentence13.htmlより)
 それによると西本先生は1999年4月、ヘリコプターの訓練のため、中国四川省成都市の中国民航航空学院にてフライトする機会があったそうです。成都市は中国の中でも比較的Cf花粉飛散の多い地域であり(図4の地点⑬)、同年春は温暖でしたから花粉飛散量も豊富だったものと想像されます。西本先生は、前述のような花粉症発作に悩まされたあげく、気圧変動にも対応できずに航空性中耳炎をも合併してしまいます。幸い、スギ花粉飛散の少ない苫小牧市へ帰宅したところ、まもなく症状は楽になったようでした。

(図8)スギ花粉を採取した中国・天目山

(図9)樹齢1億7千万年の
イチョウの巨木(天目山)

(図10)樹齢数千年以上、
直径2.33mの「大樹王」(天目山)

(図11)各地点のスギの
遺伝的距離と同一度

(図12)氷河時代以前にはヨーロッパやシベリアにも
スギは存在したが、氷河時代に死滅した

(図13)氷河時代(第4紀)の
日本列島とマンモス、
ナウマン象の化石分布

(図14)人類は南米の南端まで歩いて到達している

 私たちはさっそく西本先生にご連絡し、私たちのこれまでの研究の経緯と意味をご説明し、調査への協力をお願いしました。ご本人の快諾のもと私たちは、1998年に昆明で採取し冷凍保存してあったCf花粉(図15)を使用しての鼻粘膜誘発検査(花粉を直接鼻内に挿入し発作の有無を観察する検査)を計画しました。

 その準備として私たちは冷凍花粉を解凍し、三好耳鼻咽喉科クリニック職員のうちスギ花粉症に罹患している数名の有志の同意を得て、その鼻内に塗布しました。数分以内に被験者(被害者? )は全員、鼻内の掻痒感と鼻閉を訴え、水っぱながたくさん出て来ましたが、この結果から解凍花粉の抗原性(活性)は保たれていることが判りました(図16)。
 私たちは1988年以来、毎年北海道白老町の小中学生を相手に学校健診を実施しています(図17)。
 そもそも白老町は、幕末の1856年に幕府の蝦夷地警備の命令のもと仙台藩が陣屋を築いたのが町の始まりなのですが、白老町に陣屋を置くよう決定したのが私つまり三好彰の、5代前の先祖にあたる三好監物だったのです。
 そんな白老町に耳鼻科医が1人もおらず、町の小中学生が耳鼻科健診を受けられないことを知って、私が健診に赴くようになったのです。
 その白老町と苫小牧市は隣接しています。私たちは学校健診の合間を縫って、西本先生のクリニックにお邪魔しました(図18)。
 西本先生は間違いなくご自身がスギ花粉症であることを証明する意味で、Cjに対する血液検査を済ませておられ、その結果は18.35IU/mlと明確に陽性反応を呈していました(図19)。
 西本先生は広島のご出身で、以前からスギ花粉症の発作を繰り返していました。この10年ほど前から苫小牧市で開業しておられ、血液検査でこそスギに陽性でしたが、この10年間発作は経験しておられないとのことでした。
 西本先生が中国成都市でCfによる花粉症発作を発症したことは間違いありませんでしたので、私たちはさっそく鼻粘膜誘発検査として昆明のCf花粉を鼻内に塗布しました(図20)。
 すると直後より水っぱなが出現し、鼻閉と鼻内の強烈な掻痒感が発生しました。鼻内から鼻汁を標本として採取し顕微鏡で観察すると、好酸球というアレルギーの証拠細胞が見つかりました。
 まぎれもなく日本スギ(Cj)の花粉症の人は柳スギ(Cf)にも反応して発作を引き起こすことを証明し得たわけで、これはつまりCjとCfとが同一属同一種であったことの再確認であると、断言できます。

(図15)昆明にある樹齢800年の
スギと柳杉の花粉(中国杉、Cf)

(図16)昆明で採取したCf花粉を鼻内に
挿入したところ数分以内に発作が出現

(図17)白老町にある仙台藩白老元陣屋資料館
院長(右3番目)後ろの人形が三好監物です

(図18)ドクターヘリこと
西本先生と

(図19)西本先生の検査結果

(図20)鼻内にCf花粉を挿入すると、
数分以内に鼻の熱感と痒みが生じた