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fmいずみラジオ797 3443通信|スギ花粉症の予防(2)

◆番組情報
fmいずみ797「be a live」にて 毎月第1・3火曜10:20~10:30まで放送中‼

An.:…江澤アナウンサー、Dr.:…三好院長]

fmいずみ ラジオ3443通信 スギ花粉症の予防(2)目次

198 キャサリン台風

An.:  この「ラジオ3443通信」を開始した直後から、スギ花粉症はOAの主なテーマだったような気がするんですけど。三好先生、おさらいです。
 現代の日本人の2人に1人が、発症の予感におびえるとも伝わるいわば奇病は、いつ頃から出現しついには日本人の国民病扱いされるようになったんでしょうか?
 なぜ出現したのかについても、復習の意味でもう一度・・・・・・。
Dr.:  江澤さん。これは何回かそのシーズンごとに口にした内容の、ダイジェストつまりおさらい、と最新の医学知識の双方について、お話しなければ。
 江澤さん。第二次世界大戦より昔の日本には、花粉症なんて存在したでしょうか?
An.:  先生のお話では、少なくともスギ花粉症は存在しなかったような・・・・・・・・。
Dr.:  正解です、江澤さん。スギ花粉症に限らずあらゆる花粉症が、この日本には存在しないとされていました。
An.:  それって、フシギなような気がするんですけれども・・・・・・、いったいなぜなんでしょうか。
Dr.:  スギ花粉症は、アレルギー反応つまり抗原抗体反応ですから、抗原であるスギの状況と抗体を産生する場である人体の2つに分けて、原因を探りましょう。
 あぁそれから、抗原を人体まで届ける媒体の空気の状況も無縁とは言えませんけれど。
An.:  では先生、まず花粉の状況です。
Dr.:  よく聞く話なんですが、スギ花粉症なんて聞いたこともなかった戦前だって、スギの木はたくさん生えていた、当時の子どもたちはスギ鉄砲みたいな遊び方も盛んにしていたし。スギに接触する時間帯は現在よりはるかに盛んだった。それなのにスギ花粉症なんて、見聞きした憶えがない、みたいな。
An.:  江澤も、その話はよく耳にしました。
 そう言われると、そうだったような気になるんですけれども(笑)。
Dr.:  江澤さん。スギ花粉症が発症するのは、一定の期間一定の量の花粉に接触し続けることが、原則です。そして一定の期間というのは、最低でも数年間ですし、一定の量とは最近のような予報が必要となるくらいの、花粉数であって、戦前のそれとはまるでケタが違います。
An.:  戦前はスギ花粉は、そんなに多く飛んではいなかった(笑)?
Dr.:  日本人全体が、スギ鉄砲で遊ぶことはできませんでしたからね(笑)。
An.:  日本人のほとんどが、スギ花粉症を発症するほど多量の花粉が飛ぶようになったのは、いつ頃からなんでしょうか?
Dr.:  繰り返しになりますので、ざっと聞き流して欲しいんですけど・・・・・・。
 戦後復興のために住宅を建てようと、全国の山々の木々が切り倒されました。山々の木々は大雨や台風などの天候の変化に際し、保水作用を有しています。
 江澤さん、保水作用のなくなった土地、例えば関東平野に台風が襲来した場合、どういう結果になりますでしょうか?
An.:  きっと、想像を絶する大水害が・・・・・・?
Dr.:  具体例として、1947年のキャサリン台風の際には、戦前は緑に覆われていた群馬県の赤城山と榛名山、戦後はハゲ山になっていましたけれど。その2つの山に降った約400ミリの雨により、大被害が発生します。
An.:  どんな被害が?
Dr.:  このとき赤城山では山津波が生じ、土砂が利根川に流入しました。そのため、下流の埼玉県栗橋付近で堤防が決壊し都内だけで被災者38万人を出しました。
An.:  当時の東京都の人口が、約542万人ですから、7%が被害に遭っています。
Dr.:  これらを教訓として、日本全国で一斉に治水目的の植林活動が、はじまります。
 植林とはいえ、そのほとんどがスギの木を植えたのですから、やがて日本の山々はほぼスギによって覆われるようになります。
An.:  それじゃあ、日本中にスギ花粉症が広がり、国民病とアダ名されるのもあったり前のことですよね(笑)? 戦前と比較にならない!?
Dr.:  事実、スギ植林後の1981年に日本を襲った台風15号では、榛名山単独で590ミリの豪雨が生じたのに、水害はまったく発生しませんでした。
An.:  スギ植林の効果って、そんなにすごいものだったんですねぇ(ため息)。
Dr.:  スギ花粉症の発生した時期ですけれど、江澤さん。いつ頃のことでしたっけ?
An.:  ものの本によると、スギ花粉症が国民病になったのは、1979年の春のようです。
Dr.:  スギの木も幼いうちは、花粉を発生しません。樹齢30年に到達して、大量の花粉を飛ばすようになります。
An.:  と言うことは、もしもスギ植林ブームがキャサリン台風直後に始まったとしたら。
 スギ花粉症の最初の激増は、その30年後という計算になります。
Dr.:  さすがは1を聞いて10を知る江澤さん。この日本で全国的なスギ花粉の大飛散が発生し、晴れてスギ花粉症が日本人の国民病となったのは、実に1979年春のことだったんです(笑)。
An.:  ウーン。スギがナンバー1ですかぁ(笑)。
Dr.:  それ以来、樹齢30年を超えるスギの木は増加する一方ですので、今後しばらくはスギ花粉症は増加し続けることになりそうです。
An.:  江澤は、なんだかいやな予感がします。
 それはそれとして、三好先生。抗原抗体反応であるスギ花粉症の、抗体側つまり人体の状況って、どうなってるんでしょうか?
Dr.:  スギ花粉症は、抗原抗体反応の結果、人体がスギ花粉に対する過剰防衛反応を示している状況にある。そんなご説明をしました。
An.:  人体は、免疫学的に強靭になっているってワケですね?
Dr.:  私がこのメカニズムについての考え方を、論文や学会発表で繰り返し公表し、この説が世界で認められたワケなんですけれどもね。
An.:  時間です、先生。お話の続きは、次回に。本日は、どうもありがとうございました。
赤城山をおそうキャサリン台風 赤城山をおそうキャサリン台風