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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

2016年 白老健診旅レポ① 医事課 伊藤 紅美

はじめに

 2016年6月24日(金)、曇りのち雨。
 この度2016年7月13日(水)から15日(金)の北海道白老町の学校健診に同行させていただきました。
 2012年、2013年に続き、今回が私にとって3年ぶり3度目の白老です。美味しいお料理とお酒、素晴らしい景色、澄んだ空気、潮の香り、波の音、3年ぶりの白老を五感で堪能してきました(図1、2)。

(図1)太平洋を望むホテルの庭 (図1)太平洋を望むホテルの庭

(図2)朝焼けに染まる太平洋 (図2)朝焼けに染まる太平洋

白老町とは

 白老町は北海道の南西部、太平洋に面しており、東は苫小牧市、西は登別市に挟まれており、人口は約1万8千人。
 夏は札幌より涼しく、冬は積雪が少ない気候だそうです。
 もともとこの地にはアイヌの集落があり、現在でもアイヌの血を引く方々が住んでおられます。町名の由来もアイヌ語のシラウオイ(虻の多いところ)からついています。

健 診

 院長の5代前のご先祖である三好監物が、蝦夷地警備のために白老町へ派遣された歴史がありました。時が流れ、白老町に耳鼻科医がいない事を知った院長は、ご先祖の活躍した地に縁を感じて、白老町の耳鼻科学校健診を始めたのが始まりです。
 2日目の午前中に、虎杖小学校、白翔中学校、荻野小学校、白老小学校の計247名の生徒を診ました。
 年々、学校統廃合が進む白老町では、数年前と比べて学校数も約半分になっています。
 それでも、子供たちは元気一杯に健診を受けていたのが印象的でした。
 健診終了後に、アイヌ民族博物館を案内して頂きました(図3)。

(図3)ポロトコタンにてアイヌ民族衣装を着て (図3)ポロトコタンにてアイヌ民族衣装を着て

アイヌ文化と私たち

 2020年に白老ポロトコタン(アイヌ民族博物館)に「国立アイヌ民族博物館」の開設が予定されています。開設まであと4年に迫った現在、白老から世界へアイヌ文化を伝え、発信し、アイヌ文化と各地域との連携・橋渡しを進める「ルイカプロジェクト」の活動に力を入れていると、館長さんから直接お話をお聞きする機会を頂きました(図4)。
 白老町全体で取り組んでいる多文化共生のまちづくりの中の一つである民族共生(図5)。その象徴空間として国立の博物館になることに希望と誇りを持っておられ、世界・未来に自分たちで伝えていくのだという強い意志を感じました。

(図4)ルイカ(アイヌ語で橋)のデザイン (図4)ルイカ(アイヌ語で橋)のデザイン

(図5)多文化共生シンボルマーク 「白」を彷彿とさせるような形 (図5)多文化共生シンボルマーク 「白」を彷彿とさせるような形

 他にも、アイヌ民族の歌や踊り(図6)・民族楽器の演奏などを行う公演を鑑賞したり(図7)、実際に民族衣装を着させていただいたり、ムックリ(口琴)の演奏を体験したりとアイヌ文化を堪能しました(図8)。このムックリという楽器、これまで何度やっても上手に音を出すことができなかったのですが、今回は3度目にして何とか様になり嬉しくなりました。
 この記事を読んでいる方の中には、アイヌ民族についてあまり知らないという方もいると思いますが東北にもアイヌ語が起源という説のある地名があり、福島県の猪苗代や阿武隈、岩手県の安比、秋田県の十和田など。
 宮城県内だと歌津・登米などがあります。

(図6)迫力の公演 見学の女子高生の飛び入りもありました (図6)迫力の公演 見学の女子高生の飛び入りもありました

(図7)独特の音色のトンコリ (図7)独特の音色のトンコリ

(図8)ムックリを教えていただきました (図8)ムックリを教えていただきました

 他にも日本語に溶け込んで使用されているアイヌ語として、シシャモ・トナカイ・ラッコなど、ノンノ(花という意味)はファッション雑誌でお馴染みです(図9~12)。
 こうしてみるとアイヌ文化は私たちの生活に溶け込んでいます。少しでもアイヌ文化を身近に感じていただけると嬉しいです。つづく

(図9)由来はスス(柳)とハム(葉)らしいです (図9)由来はスス(柳)とハム(葉)らしいです

(図10)アイヌ語でトゥナカイ(サンタさんは白老でソリに乗る?) (図10)アイヌ語でトゥナカイ(サンタさんは白老でソリに乗る?)

(図11)ラッコはそのまま呼ばれていたそうです (図11)ラッコはそのまま呼ばれていたそうです

(図12)アイヌ語の花の意であるノンノ モデルは筆者? (図12)アイヌ語の花の意であるノンノ モデルは筆者?