3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

味レポ4
シリーズ  食い倒れナースが行く
2014年アレルギー調査
〜 満洲大連編 〜
看護課 高橋 美江

 2014年9月のアレルギー調査で入った中国東北地方、そのグルメレポ4回目をご紹介致します。

私のお腹は中国人?

  9月16日(火)大連市
 大連は日本をはじめ多くの外国企業が進出する経済先進地域であり、日本人も多く住んでいます。
私たちが宿泊した大連日航飯店は、日本のJALが経営するホテル(図1)のため、日本人宿泊客も多く、朝食バイキングでは日本食コーナーも設けられておりました。

(図1)ホテルの玄関 (図1)ホテルの玄関

 朝食バイキングのメニューには日本式カレーやしっかり出汁をとったと思われる味噌汁、煮物などが揃い、外国でよく遭遇する和食に似せた別の料理ではない、心癒される和食が並んでいました。朝から和食に興奮した私は、納豆や梅干なども大量に摂取しました。
 ところが、しばらくして胃がムカムカし始めたのです。連日の中国料理に体が慣れていたために、私の内臓が突然の納豆にびっくりしたのでしょうか?
 和食と折り合いの悪い私の内臓に悲しくなりましたが、しばらくしたら何事もなかったように治ったので安心しました。よかったです。

激戦の痕が残る街

 大連市には日露戦争最大の激戦地二〇三高地があります(図2~3)。

(図2)旅順の北東にある砲台 (図2)
旅順の北東にある砲台

(図3)「二百三高地」という映画のタイトルにもある二○三高地 (図3)「二百三高地」という映画の
タイトルにもある二○三高地

(図4)当時使用されていた砲弾と同じサイズの記念碑 (図4)当時使用されていた
砲弾と同じサイズの記念碑

 この日は二〇三高地だけでなく、日露戦争時のロシア側防御要塞跡である、東鶏冠山北堡塁と、日露両軍首脳が会見した水師営会見所も見学しました。
 私たち美食関係者にまつわる話題ですが、日露戦争中、日本陸軍の軍人で脚気にかかる患者が驚くほど多く、またその死亡率が著しく高かったそうです。吉村昭著の「白い航跡」によると、陸軍の戦死者は約47000人であるのに対し、脚気患者は約21万人で、死亡患者は、約27800人にのぼります。
 脚気という病気は、まず全身がだるくなり、手脚の運動麻痺や浮腫が始まり、少し運動すると激しく動悸がして、寝たきりの状態になっていく、あるいは脚気衝心といってひどく苦しんで2、3日で死んでいく、といった恐ろしいものです。
 この病気の撲滅には高木兼寛というひとりの日本人医師が大きく関係しています。
 当時玄米ではなく、山盛りの「銀めし」と塩辛い「たくあん」などを主に食べていた日本陸軍の軍人や貧困層に脚気患者が多くいました。
 兼寛は、脚気は白米のような炭水化物を多くとりすぎ、当時未発見だったビタミンやたんぱく質が不足したために起こる病気であることを直観したのです。兼寛の発見がその後、「食物改善による脚気の絶滅」に至ったのでした。
 日露戦争勝利の翌1906年(明治39年)高木兼寛は、英国で行った特別講演にて「日清、日露両戦争の勝利は、私の兵食改善によって脚気を撲滅したことにあった。」と述べました。ビタミン学説の出る20年以上も前に、脚気の原因として栄養の欠陥を考え、食事を改善することによって、この病気を完全に撲滅した日本人がいたことは欧米の医学者、栄養学者に大きな衝撃を与えたのです。
 しかし、当時の学説では、脚気は伝染病だと信じられており、陸軍軍医で医務局の中枢にあった森林太郎(「舞姫」の著者・森鴎外)らに激しく批判されました。
 私は、今回のアレルギー調査でも十分すぎるほどの栄養を摂取しましたので、二〇三高地でも脚気の心配は一切ありませんでした。

水師営のレストラン

 昼食は水師営会見所のすぐ隣にあったお店でとりました(図5~9)。
 中国料理の野菜炒めは基本的ににんにくがきいています。
 二〇三高地等をまわる観光ツアーもあるようで、日本人観光客を乗せたバスが近くに停車していました。

(図5)水師営ちかくのレストラン (図5)水師営ちかくのレストラン

(図6)キャベツの炒め物 (図6)キャベツの炒め物


(図7)白身魚の甘酢あん (図7)白身魚の甘酢あん

(図8)かきあげ ((図8)かきあげ

(図9)長イモを大学イモ風にしたもの (図9)長イモを大学イモ風にしたもの


大連中心部の中国料理店

 夕食は、大連市の中心部にある中山広場の近くにあるお店でとりました(図10)。
 ちなみに、中国東北地方の飲食店では、入店してすぐに料理の食材がたくさん並べてある部屋に通されます。そこで食材を見て、希望する料理を店員さんに伝えて注文するスタイルが多いように感じました(図11~18)。
 私は今まで中国国内を何箇所か訪れましたが、その中でも大連は私の中で好きな場所に入ります。料理の味付けなど、日本人好みだと思うし、住みやすい場所なのではないかと思います。

(図10)お店の外観 (図10)お店の外観

(図11)色々並ぶ魚介類 (図11)色々並ぶ魚介類

(図12)こちらは豚肉の各部位 (図12)こちらは豚肉の各部位

(図13)青島ビールは必ず飲みます (図13)青島ビールは必ず飲みます

(図14)海鮮炒め (図14)海鮮炒め

(図15)フワフワした食感の豆腐 (図15)フワフワした食感の豆腐

(図16)小麦粉を薄く焼いたもの (図16)小麦粉を薄く焼いたもの

(図17)ビタミンB1入り炒飯 (図17)ビタミンB1入り炒飯

(図18)乾杯する院長先生(左)と、殷先生(中)、稲川先生(右) (図18)乾杯する院長先生(左)と、殷先生(中)、
稲川先生(右)

 

番外編 北京へ

  9月17日(水)、愛知医大の調査メンバーと別れた私たちは別路で北京へ移動。
 北京といえば、PM2.5を心配していましたが、暖房を使用する冬以外、普段の大気汚染はそこまでひどくはないそうです。ただ、北京市内は大連に比べると、すすっぽい感じはしました。
 北京に到着後、院長先生の古くからの知り合いである張さん、清華大学の王さん達とホテル前の中国料理のお店で昼食をとりました(図19~23)。
 その後、天安門広場や故宮を見学し、歴史を学び、中国で有名な北京ダックのお店「全聚徳」で夕食をとりました(図24)。

(図19)一般的な中国料理店でした (図19)一般的な中国料理店でした

(図20)香味野菜とヒラメ (図20)香味野菜とヒラメ

(図21)あっさりした牛肉と白菜の煮込み (図21)あっさりした牛肉と白菜の煮込み

(図22)中国料理でよく登場する麺は幅広で薄く、柔らかいです (図22)中国料理でよく登場する麺は幅広で薄く、
柔らかいです


(図23)ホウレンソウと杏仁の実をのせた前菜 (図23)ホウレンソウと杏仁の実をのせた前菜

(図24)お店のマスコットキャラクター (図24)お店のマスコットキャラクター

(図25)大豆を羊羹のようにしたものでほんのり甘いです (図25)大豆を羊羹のようにしたもので
ほんのり甘いです
(図26)アツアツの春巻き (図26)アツアツの春巻き (図27)麻婆豆腐 (図27)麻婆豆腐

 まず、代表的な北京料理が運ばれてきました(図25~27)。
 しばらくすると、ホールの真ん中に料理人が現われ、お客さんの前で北京ダックの丸焼きを切り分けていきます(図28~35)。

 皮は表面がぱりぱりに焼けており食感が最高です。肉はジューシーでとてもおいしいです。
 写真を見ているとまた北京ダックが食べたくなってきます。
 北京でも大変おいしい料理をたくさん食べることができて大満足でした。
 今回の中国調査では、中国と日本の歴史や、戦争の悲惨さや栄養の大切さなど、大変多くのことを学ぶことが出来ました。今後の人生に活かしていきたいです。
 これで、2014年アレルギー調査の味レポートを締めます。
 また来年!

(図28)1回ごとに切った皮を・・・ (図28)1回ごとに切った皮を・・・

(図29)素早くお皿に乗せていきます (図29)素早くお皿に乗せていきます

(図30)切り取られた皮の部分 (図30)切り取られた皮の部分

(図31)次に肉の部分を切り始める料理人 (図31)次に肉の部分を切り始める料理人

(図32)お皿に山盛りの北京ダック (図32)お皿に山盛りの北京ダック

(図33)薄い皮に包んで食べます (図33)薄い皮に包んで食べます

(図34)ダックとネギと甘辛いタレを包んで食べます (図34)ダックとネギと甘辛いタレを包んで食べます

(図35)デザートは胡麻団子私は胡麻団子も大好きなのです (図35)デザートは胡麻団子
私は胡麻団子も大好きなのです