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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

げんき倶楽部杜人

げんき倶楽部杜人学校健診その14

 耳・鼻・のどに関する病気を扱う「三好耳鼻咽喉科クリニック」の三好彰院長は、耳鼻咽喉の診療に携わって30年余り。今回は2012年10月にfmいずみで放送された内容を紹介する。

An.:…江澤アナウンサー、Dr.:…三好院長]

~シリーズ 学校健診その14~

An.: 三好先生、前回は雲南省のアレルギー調査やチベットのバター茶の話を伺いました。
Dr.: チベットにお茶が入ってきたのは、チベットという国が成立した時期に重なります。
An.: かなり古いということですか?
Dr.: 7世紀初めに、チベット最初の統一王朝をつくったソンツェン・ガンポという王様が、ラサ市を首都に選びます。この王様には妃が二人いて、一人はネパールのティツゥン王妃、もう一人が唐の文成公主です。文成公主は唐の皇族の出身ですから、かなり身分の高い女性だったようです。
An.: 唐といえば、かなりの大国だったように記憶しています。チベットの王様に皇族が嫁ぐんですから、当時のチベットもそれに引けを取らない大国だったんでしょうね。
Dr.: さすが、1を聞いて10を知る江澤さん。その当時、ユーラシア大陸の東半分には唐、ウイグル、チベットの三大帝国が覇を競っていた歴史があるんです。
An.: そうした政治的勢力関係のバランスから、文成公主はチベットに嫁いだんですね。
Dr.: 文成公主は、ヤルツァンポ川の湿地帯だったラサの地を埋め立て、大昭寺というお寺を建設しました。この大昭寺は、チベット名をジョカンと称するチベット仏教の中心地です。
An.: チベットの中心地というと、ダライ・ラマが住んでいたポタラ宮では?
Dr.: ポタラ宮は政治的な中心地であって、信仰の中心はこの大昭寺でした。湿地帯だったラサの地を埋め立てるのにヤギを使って土砂を運んだので、ヤギを意味する「ラ」という言葉と、土地を意味する「サ」という言葉が組み合わさり、ラサ市という名前になったという伝説もあるんです。
An.: へー!
Dr.: 以前、江澤さんに「五体投地」という歩き方を説明したことがありますよね。
An.: 先生、江澤はしっかり覚えています。あの〝尺取虫ウオーク〟のことですよね。
Dr.: 「セブン・イヤーズ・イン・チベット」という映画を見ると登場します。まず手を伸ばした状態で、前方へ体を投げるようにバタッと倒れる。
An.: 歩くのではなく倒れる。
Dr.: 次にゆっくりと上体を起こし、合掌して起き上がります。それを繰り返していきます。
An.: この尺取虫ウオークで、少しずつ前に進むんですよね。
Dr.: そのスタイルで何万回もほふく前進をして、自分の故郷からラサ市の大昭寺へとたどり着くんです。
An.: やはり、大昭寺がチベット仏教の最大の聖地なんですね。
Dr.: チベット仏教は、弥勒菩薩(みろくぼさつ)を信じる宗教です。
An.: 弥勒菩薩は、より良い来世を約束してくれる仏様ですよね。
Dr.: チベット仏教で弥勒菩薩は、釈迦(しゃか)が亡くなった56億7000万年後に現われて衆生を救うとされる仏様です。そのため、チベットにある弥勒菩薩像は全て中腰のままなんです。
An.: それはどういう意味ですか?
Dr.: スタンバイの状態。つまり、迷える民を救う準備はいつでもOKという意味です。
An.: それなら、迷える江澤も救ってほしいですね。
聖なるバターを持つ江澤アナと、五体投地をしてバターをねだる院長
聖なるバターを持つ江澤アナと、五体投地をしてバターをねだる院長

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バルコルでの買い物は右回りで

Dr.: 江澤さん、いかがですか? 私と一緒に大昭寺まで五体投地の旅というのは。大昭寺に到着後は、お寺の周辺の商店街をウインドーショッピングとしゃれようじゃありませんか!
An.: 先生、確か大昭寺の周辺の商店街は「八廓街(はっかくがい)」という有名な仏具商店の街でしたよね?
Dr.: チベット語で「バルコル」と呼ばれるこの街は、散策の仕方が決まっているんですよ。
An.: どんな決まりが?
Dr.: 「コルラ」といって、必ず右回りに街を歩くんです。五体投地で街を進む場合も同様で、大昭寺の周辺を右回りに尺取虫ウオークするんです。
An.: 確か、バルコルで売っているような仏具や雲南のお茶、塩の売り買いが「茶馬古道」という古い交易ルートを通じてされていたんですよね。
Dr.: 話は、冒頭にあったソンツェン・ガンポ王に戻ります。西暦642年、妃の一人の文成公主がラサに来たとき、唐の国から持ち込んだお茶が、チベットにおける飲茶の習慣の始まりなのだそうです。
An.: お茶の歴史は長いんですね~。
Dr.: お茶自体の薬効、つまり薬品としての作用が発見されたのは、4000年も前のことだそうです。古代中国の伝説の中に出てくる神農(しんのう)という人物が、毒消しとしてのお茶の働きを見いだしたといわれています。
An.: それから4000年もの間、飲まれ続けているんですね。
Dr.: お茶の話になるとまたまた長くなりますので、いったん、昆明の話に戻りましょう。
An.: 先生の調査旅行の話は、中身が豊富ですからとても楽しみです。

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