3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

第47回 日本味と匂学会 市民公開講座 in 仙台2 会期:2013年9月5日(木)~7日(土)

講演2 匂いと健康生活

講師 三輪高喜先生

3443通信№226に引き続き、院長がオーガナイザー(座長)を務めた日本味と匂学会・市民公開講座の講演内容をご紹介いたします。

座長 三輪先生は日本味と匂学会の運営委員・評議委員であります。お話の匂いと健康生活ですが、嗅覚も意外と知られておりませんが、我々の生活に非常に密接に関係しております。コーヒーや酒を飲んでも匂いがしなければまったく美味しく感じませんし、食べ物の腐敗に気がつかない。ガス漏れに気がつかないといったような危険なことがあります。しかし気がつかないでいることが多く、そのうちに治るだろうという気持ちから、手遅れになってしまう場合もあります。今日は、三輪先生にその重要な嗅覚のお話と、治療方法や検査など最新の情報なども交えてお話しいただきます。

三輪先生 この地仙台には、私の住む金沢以上に美味しいものがあり、十分に味覚と嗅覚を堪能させていただきました。今日の話の内容は、一つ目に嗅覚とはどのようなものなのか。次に嗅覚を感じさせる匂いとはどのようなものなのか。そしてそれをどのようにして体が匂いと感じているのか。最後に嗅覚障害について、どのような病気で起きるのか? 匂いがしないとどうなるのか? 嗅覚障害は治るのか? というお話をいたします。

#
専門医など 講師 三輪高喜先生のプロフィール

嗅覚とは

(図1)
(図1)

 嗅覚は人間の感覚器のひとつです。感覚は、視覚(見る)・聴覚(聞く)・嗅覚(嗅ぐ)・味覚(味わう)・触覚(触る)の五感や平衡感覚・内臓感覚といったものが主なもので、脳に指令を出します(図1)。

 もうひとつ第六感と言われるものがありますが、これらとはまた別の位置付けになります。この学会で盛んに研究されているフェロモンなどの感覚も嗅覚のひとつではありますが、第六感とも言われており、感じ方はそれぞれです。

#

感覚とは

(図2)
(図2)

 感覚とはどのようなものなのか。定義は『外界の刺激を受容器でキャッチして脳で認識すること』。これを、わかりやすくテレビに例えると、外界の刺激は、放送局から発せられた電波です。その電波を受容器でキャッチします。受容器とは、アンテナです。それを家の中のケーブルを伝ってテレビという脳で認識するということになります(図2)。

 この感覚のうち今回の話題の嗅覚ですが、嗅覚とは、匂いのことです。匂いが鼻に入り嗅神経細胞で受容され嗅神経を伝わり脳にいきます。

#

匂いとは

 動物にとって匂いとは、えさを見つけたり、敵や味方を察知して自分の身を守ったり、犬などに見られるマーキングなど行動範囲を規定したり、フェロモンを出して、それを受容して異性を引きつけたりと言った生命の維持、種の保存に不可欠な感覚といえるでしょう。では、人間にとってはどうでしょうか? 人間にとって匂いとは、生活に潤いを与える感覚でしょう。アロマセラピー、香道、花、ワインなどがブームになっています。もうひとつ、テレビのコマーシャルを見ていると、家やトイレの消臭剤、口臭や体臭を消す商品、心地よい香りを放つ衣料用洗剤など、匂いに関する商品が数多く出てきます。すなわち嗅覚は、人の暮らしを快適にする感覚と言えましょう。しかし、潤いを与えるだけではなく、人間にとっても危険を知らせてくれる感覚でもあります。ひとつは、食品の腐敗を感知する。あるいは、煙やガス漏れを感知して、危険を知らせるといったことにも匂いは役立っております。また、香道や花などは、コミュニケーションをとる手段にも使われておりますし、好き嫌いの対象にもなっております。生命の維持や種の保存には必ずしも必要ではないのでしょうが、無いと寂しい感覚といえるでしょう。

 では、匂いとは何か? 空気中に漂っている低分子の有機化合物と定義されます。では、匂いは何種類あるか? 味覚の場合は、うま味、甘味、苦味、酸味、塩味の5種類ですが、匂いは、20万~40万種類と言われています。そしてその組み合わせは、無限大にあると考えられます。更に、匂いの持つ不思議な力として、同じ匂いでも感じ方が違います。たとえば「スカトール」という分子は糞便の匂いなのですが、それを非常に薄い濃度にするとジャスミンの香りに感じます。もうひとつ、匂いがいつの間にか消えています。実際に匂いが消えるわけではなく、我々の感覚の中で感じる匂いが消えるということです。同じ匂いがしていると疲れますので、和らげる意味で嗅覚疲労や慣性を起こさせるわけです。

匂いを感じる体の仕組み

 匂いセンサーは鼻の奥の上のほう、頭のすぐ下の嗅粘膜にある嗅神経細胞でキャッチされます(図3a・3b)。

 嗅粘膜をミクロの目で見ると、じゅうたんのように細い毛がまとわりついている感じで、粘液で覆われています。嗅神経細胞は人間の場合は、1000万個あるといわれています。嗅繊毛の表面にある受容体で匂いがキャッチされます。

 匂いの分子と受容体の関係は、鍵と鍵穴に例えられます。匂いの受容体は人間では400種類あり、20万~40万個の匂い分子に対応しています。

(図3a)
(図3a)
#
(図3b)
(図3b)
#

匂いの受容から 最終的な認知まで

 鼻から入った匂いは、嗅粘膜で受容され、電気信号に変わり、嗅球にバトンタッチされます。数十万種ある匂いの識別作業はこの嗅球で行われます。次に第2中継点である大脳辺縁系と言われる、脳の中でも奥に位置する場所に指令を出します。そこには、好みと記憶が刷り込まれます。最終的には、大脳皮質嗅覚野(眼窩前頭皮質)にて匂いや、味など様々な感覚が統合されます(図4)。

(図4)
(図4)
#

大脳辺縁系の働き ~好みと記憶~

 大脳辺縁系の代表的な構造として扁桃体と海馬が挙げられます。
 扁桃体は物の好き嫌いを感知します。例えば、納豆やタバコの匂い、香水の好みなどです。
 海馬は記憶に関するところです。心理学用語のプルースト現象があります。ある匂いを嗅いだときに過去の記憶が一瞬で蘇るという現象で、この海馬が関与しており、匂いの面白いところでもあります。

大脳皮質の働き ~感覚の統合~

 味覚や視覚や聴覚などの感覚を統合します。

 歯触りや噛む音、見た目や色、香りや温かさ、味覚、などが統合されて、美味しさとなります。例えば炭酸水にフレーバー(香り)と色を付けただけで、違う味の飲料水であると錯覚します。更に雰囲気や会話、健康なども美味しさを形成する要因として統合されます。

匂いと嗅覚 ~ここまでのまとめ~

 匂いは鼻の奥の嗅粘膜で嗅神経と受容体が結合されます。
 嗅球で電気信号に変わり、匂いの仕分けがなされます。
 脳の奥(辺縁系)で好みと記憶が形成されます。
 大脳皮質(前頭葉)で感覚が統合されます。
 このような過程で、匂いが伝達されます。この中のどこかにダメージを受けても匂いの障害が起きます。

~ちょっと一息~

 体臭のお話をします。特に最近話題になっております加齢臭についてです。

父親は何故、娘に嫌われるのか?

 やはり、加齢臭かな? とも思いますが、それだけではなく帰りが遅いなどの要素も充分に含んでいると思われます。加齢臭については、石鹸で消す方法が大半かと思われます。

加齢臭を追う

 加齢臭はどの様な匂いなのかと言いますと、資生堂の中村さんは、「青臭さとわずかに焦げ臭い甘さを帯びた古くなったポマード様の脂臭く拡散性の強い独特の匂い」であるということです。匂いの感じ方は、個人差がありますので、この言葉でイメージしてください。

 加齢臭が何故出るのかといいますと、本来は無臭の高級脂肪酸(パルミトオレイン酸)、特に40歳を過ぎた男性の体からよく分泌されるものです。それに過酸化脂質(スクワレインハイドロパーオキサイド)が加わることにより、ノネナールという物質が産生されます。これが加齢臭の原因です。この過酸化脂質も40歳を過ぎるとたくさん排出されやすくなるといわれています。これらの物質は、取り除くことが出来ないので、やはり石鹸などで洗い流すのが一番かと思われます。では、女性にも加齢臭はあるのか? という問題は、まだ解明されておりません。

 もうひとつ親父が娘に嫌われる理由があります。それがHLA(Human leukocyte antigen)という白血球の抗原が関与しております。

ヒト白血球抗原(HLA)とは

 体内の細胞や体液に存在します。
 父親と母親から半分ずつ形質遺伝します。
 免疫系に関与して感染から病気を守ります。
 HLAがヒトの体臭の違いに関与している。

 女性は自分のHLAと離れたHLAを持つ男性の匂いを好む傾向があります(Tシャツ実験で実証された)。……理由として、HLA遺伝子が異なる両親の子供は、同じようなHLA遺伝子のセットを受け継いだ子供よりも幅広い様々な病源菌に対して防御機構が働くのではないかとの進化の選択の面から説明されました。このことにより、娘は、自分の型と近い父親よりもかけ離れた男性を求めてしまうという本能が働くとの理由から、父親を嫌いになるとも言われております。

 HLA遺伝子が恋愛遺伝子にも関与している。
 「美女と野獣」のようなカップルを時々見かけますが、これもHLA遺伝子や匂いが関与しているのかもしれません。しかし現実的には、人間は嗅覚よりも視覚に頼る生き物かもしれませんが。

嗅覚障害 ~匂いのない世界とは~

  • 匂いを感じなくなった。……嗅覚低下
  • 匂いをまったく感じなくなった。……嗅覚脱失
  • 匂いがこれまでと違って感じる。……異臭症
  • 何を嗅いでも同じ匂いに感じる。……異臭症
  • 匂いが無いはずなのに突然匂いが現れる。……異臭症
  • いつも嫌な匂いが鼻や頭の中から離れない。……異臭症

 多くの場合は、嗅覚低下あるいは脱失を訴えられて来院されます。

嗅覚障害の患者様の悩み

  • 食品腐敗に気づかない(全体の7割ほど)。口に入れてはじめて気がつく。
  • ガス漏れに気づかない(50%程度)。
  • 味覚が変わるため、食事がおいしくない(50%程度)。
  • 調理の味付けが出来ない。
  • 煙の感知が出来ない(鍋などを焦がしてしまった等)。
  • 生鮮食品の購入時に不安がある。
  • 香水、コロンの使用方法がわからない。
  • 石けん、芳香剤の使用方法がわからない。

 対処法としまして、食品の腐敗に関しては、賞味期限は明記しておりますが、一度開封したものに関しては、当てはまらなくなるので、必ず、開封した日にちを記入するように指導しております。ガス漏れや煙に関しましては、センサーを取り付けるように。調理に関しましては、出来る限りパートナーの方に協力していただくように説明しております。

嗅覚低下の原因

 嗅覚低下の原因で一番多いのは、加齢による場合です。但し患者としての人数は、あまり多くは無いです。なぜならば味覚よりも気がつかない場合が多いからです。例えば、耳が聞こえなくなれば、テレビを見ていたり、会話をしたりすればすぐわかります。自分でも気がつくし、周りでも気づく場合が多いです。治療の対象ではない場合、補聴器により補うことが出来ます。視力低下の場合は、新聞や本を読む場合、真っ先に老眼に気がつきます。補う場合は、老眼鏡をかけます。では、匂いがわからない場合に補うものは、補嗅器? 残念ながら今のところありません。

 加齢による嗅覚低下に関して、アメリカで調査した結果です。3000名近くの成人(21歳~84歳)に住民調査をしたところ全体の3.8%の方に嗅覚低下が認められました。その中で、65歳以上で13.9%と増加しております。65歳がお鼻の曲がり角なのでしょうか?

 嗅覚低下を悪化させる原因としまして、鼻の病気、動脈硬化、女性の喫煙などが挙げられます。嗅覚が良い条件としましては、家庭の収入が多いこと、でした。あくまで、アメリカの調査です。では、日本ではどうかといいますと、斎藤幸子先生が調査された結果ですが、やはり60歳台から嗅覚の低下が認められます。全く無くなる訳でもありませんし、急激に低下するわけでありません。徐々に低下していくようです。

嗅覚障害を起こす疾病

 金沢医科大学の嗅覚外来を訪れた患者様の集計結果です。嗅覚障害を起こす疾患として一番多いのが、鼻や副鼻腔の炎症で全体の60%近くを占めています。その中で、副鼻腔炎が48%、アレルギー性鼻炎が6%、その他の鼻疾患が2%程になります。続いて二番目に多いのが、全体の18%で風邪引きの後(感冒罹患後)。続いて、頭部・顔面の外傷で6%。中枢性(脳の病気)、先天性(生まれつき)、薬剤などの影響と続くのですが、全体の15%ほどが原因不明とされます。その中には、加齢によるものも多く含まれています。

副鼻腔炎による嗅覚障害

 ほとんどが慢性副鼻腔炎(蓄膿症)で、アレルギー性鼻炎や花粉症でも起こり、多くは成人です。鼻づまりや、鼻水が出るという症状を合併し、頭重感や集中力の低下が見られます。最近の副鼻腔炎は喘息を合併する場合が多くなりました。気がついたら、匂いがしなくなっていた場合がほとんどです。

慢性副鼻腔炎症例

症 例:
58歳男性
主 訴:
鼻閉
現病歴:
三ヶ月前から鼻閉が出現
市販の点鼻薬を使用したが無効
近医にて鼻茸を指摘され当科紹介
三年前から匂いも味もわからない
既往歴:
42歳~気管支喘息
嗅覚検査:
嗅覚脱失
治 療:
ステロイド内服 二週間
ステロイド点鼻 二ヶ月
モンテルカスト 三ヶ月(アレルギーの薬)
経 過:
ステロイドを内服して三日で匂いがし始めた。
二週間後には完全にわかるようになった。

 この患者様の場合は、薬を中止すると悪化する可能性がありますので、どこまで治療をするのかの判断が難しい症例です。

慢性副鼻腔炎の治療

 第一段階はまずステロイド薬の内服、点鼻、噴霧薬を使い分けます。また、粘液溶解剤、マクロライド系抗菌薬などの使用や、アレルギー治療を考えます。それでも改善しない場合は、第二段階として鼻内視鏡手術を行います。最近では鼻うがいなども推奨されています。ただしこれらの治療の自己判断は禁物です。どの治療方法が自分に適しているのか、必ず専門医に相談していただくことが大切です。

 では、どのくらい治るのか? 全体の4分の3の患者さまは治るということがわかっております。しかし、病気の期間が長い方や、高齢者の方は、治りにくい傾向にあります。

風邪ひき後の嗅覚障害

 風邪が治った後も嗅覚障害が続く状態で、原因として風邪のウィルスによる嗅神経細胞のダメージであるといわれております。理由は定かではありませんが、40歳代以降の女性に多いという統計が出ております。嗅覚脱失の重症例が多く、治るまでに数ヶ月あるいは一、二年と長い期間を要し、根気強い治療が必要です。我々の施設では、治療に漢方薬の当帰芍薬散を使います。この薬は、女性の更年期障害や卵巣機能不全に対する漢方薬です。ステロイドのような副作用が少なく長期間の使用が可能で、全体の4分の3の患者様が改善されています。

外傷性嗅覚障害

 交通事故や転倒、転落などで前頭部あるいは後頭部を打撲することで、異嗅症を合併してしまうことがあります。

外傷性嗅覚障害の症例

症 例:
56歳女性(主婦)
現病歴:
自宅で飲酒後転倒し後頭部を打撲
意識消失なし
翌朝、嗅覚消失に気づく
受傷後12日目に受診
検査成績
日常生活アンケート 0%
VSA 0㎜
Open Essence 0点
基準嗅力検査 5.8/5.8
静脈性嗅覚検査 嗅感なし(まったく匂いを感じない状態)
治 療:
副腎皮質ステロイド      14日間投与
当帰芍薬散
経 過:
一年三ヶ月で自覚症状は改善し嗅覚検査も正常

 この患者様のように改善される症例は40%程度です。若年者や初診時に嗅覚残存例では、回復の可能性がありますが、長期の治療が必要となります。

原因不明の嗅覚障害

 ほとんどは、加齢による影響が考えられます。最近、パーキンソン病(脳の神経の変性疾患で、運動障害を起こす病気)やアルツハイマー病の前駆症状でおこる場合もあると知られてきました。原因も不明なので、治療も大変難しい状態です。

嗅覚低下の予防

 まず、鼻の病気を治してください。そして、風邪をひかないようにする生活習慣が大事です。タバコは匂い細胞に対して危険ですので禁物です。栄養バランスのとれた食事を心がけ、常に意識して匂いをかぐ習慣をつけることも有効です。

最後に

(図5)
(図5)

 もうすぐ月見のシーズンです。月見にも五感が大事です。月を見るための視覚、秋の風を感じるための触覚、団子の味覚、さらには、お酒を頂くためには、嗅覚、風流な虫の声を聞くためには聴覚。

 このどれが欠けても楽しみは減ってしまうと思われます。ですから皆様もぜひこの五感を大切にして、健康で潤いのある生活を送っていただければと思います。

 ご静聴ありがとうございます(図5)。

座長 池田先生、三輪先生には、大変ご多忙の中ご講演いただきまして誠にありがとうございます。

#