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雑誌社の取材を受けました

ヘルシスト205
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 昨年11月1日(月)、文藝春秋社より、スギ花粉症についての取材を受けました。

 その内容が、株式会社ヤクルト発行の雑誌『ヘルシスト205』に掲載されましたので、ご紹介致します。

 なお、本文は院長が取材を受けた部分のみを抜粋したもので、取材記事の後半部分に相当します。

 記事の前半は、その発見以来スギ花粉症が日本特有と誤認されるに至った経緯の説明でした。

日本以外にもスギ花粉症はあるか?

 このように紹介すると、疑問に思う方はいないだろうか。ゴッホが描いたイトスギやヒマラヤ原産のヒマラヤスギがあるのに、なぜ日本で初めてスギ花粉症が見つかったのかと。

 その答えを紹介する前に、この特集でキーポイントになるスギの植物学的な分類を紹介しよう。スギは、植物界・裸子植物門・マツ綱・マツ目・スギ科・スギ属である。前述のイトスギはヒノキ科、ヒマラヤスギはマツ科で、スギとは科や属が異なる。

 スギ科の種類は世界で9属13種と少なく、それも太平洋をとりまく周囲に分布している。日本のスギのほかには、北米のラクウショウ(落羽松)とセコイア属2種の計3種、中国の華中と華南にはメタセコイアやタイワンスギ、コウヨウザン(広葉杉)など4種、それにオーストラリアのタスマニアスギがある。

 ちなみに、中国で「杉」と呼んでいるのはコウヨウザンのこと。このほかに、中国には柳杉というスギがあるが、この種類は日本のスギと同じか、極めて近い種類だという。

 なぜ、スギが日本と中国にあるのか。三好彰氏が説明する。

 「スギは、今から200万年前(新生代第三紀の鮮新世)に日本に出現したと考えられます。その頃、日本は大陸と陸続きで、スギは中国南部から日本にかけて広がっていました。日本が大陸と海で隔てられたのは1万年前。スギは、氷期の第4洪積世を生き抜き、4500年から1500年前の時期にもっとも繁茂しました。この頃のスギが、屋久島に残っているのです。」

 スギは、青森から屋久島まで分布している。屋久スギ、秋田スギ、吉野スギなどは、名前は違えど、植物学的には同一種のスギである。その間、ヨーロッパやシベリアにもスギはあったが、氷期によって絶滅。中国でもスギは少なくなっていた。

井岡山は江西省にあり、中国共産党の主席だった毛沢東は、1972年、この地に革命の根拠地を置いた。革命記念館(写真)。の背景には杉が生い茂る。
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中国でも増えるスギ花粉症

 しかし、近年になり、「中国でもスギ花粉症が増加しつつある」と三好彰医師はいう。氏は、南京医科大学国際アレルギーセンター主任教授、中山医科大学耳鼻咽喉科客員顧問などを歴任し、中国の花粉症事情に詳しい。

 「中国でも、1990年代からスギ花粉症の患者が増えてきました。それまでにも、来日した中国人がスギ花粉症を発症したり、逆に、訪中した日本人が中国のスギで花粉症を発症する例もわずかながらありました。私が中国の医療機関に在任中、中国江蘇省の南京市や呉江市、広東省広州市などで鼻アレルギーの調査を行いました。すると、スクラッチテスト(アレルゲンを皮膚に滴下する試験)で、日本よりも陽性率は低いものの、あきらかにスギに陽性反応を示す例が見つかったのです。抗原のスギ花粉があるところに住む人には、抗体があるのです」

 三好氏のもとには、南京医科大学の医師複数から、〈中国全土における空中花粉の測定では、スギ花粉の飛散が確認されている〉〈将来中国においても、戦後の日本と同様、スギ花粉症は増加の一途をたどることだろう〉などと報告が寄せられている。

 スギ花粉症の増加した原因としては、食生活の欧米化が進んで動物性タンパク質と動物性脂肪の摂取量が多くなり、アレルギー反応における抗体生産能が亢進している可能性がある。それとともに忘れてならないのが、スギ花粉の増加である。

  三好氏が、スギ花粉が増えた理由について、ユニークな仮説を加える。

  「中国では、毛沢東主席の指導のもとに大躍進政策(1958〜60)という農工業の大増産政策を行いました。粗鋼の原料に、家庭の鍋や釜まで溶かして供出しました。そのために、鉄を溶かす炭が必要だったので、木を伐採し、ハゲ山がどんどんできてしまいました。その後、大洪水が発生するようになったので、治山政策としてスギが一斉に植えられたのです。

  なぜ、スギが植林に選ばれたのか? ここからは私の推測です。毛沢東は、井岡山(江西省)を最初の革命根拠地(1927〜34)にしました。今も、毛沢東の旧居が残っていて、革命記念館になっています。中国人で、井岡山の写真を見たことがない人はいないでしょう。その革命記念館の後ろに写っている裏山は、スギ林なのです。中国共産党の指導者は、インプリンティング(刷り込み現象)があって、国家的治山事業には、井岡山にあったスギを選んだとしか思えないのです」

イギリス国土の45%が牧草地。初夏、牧場がイネ科の牧草をロールすると、花粉がもうもうと舞い上がる。
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  日本でも同じような状況がかつてあった。第二次大戦後、ハゲ山に植林するために選ばれたのが、成長の早いスギとヒノキだった。中でもスギは青森県から鹿児島県まで多く植えられた。しかし、安い外材が輸入されるようになると、スギ林は放置されるようになった。スギがオシベから花粉を飛ばし始めるのは、植えてから約30年後。ちょうどその時期に、日本と中国でスギ花粉症が発生している。

 ヒノキに関していえば、ヒノキはスギに近い「マツ目・ヒノキ科」で、ヒノキ花粉にはスギ花粉と共通抗原性がある。スギ花粉症患者の60〜70パーセントは、ヒノキ花粉にもアレルギー反応を示すというデータがある。スギ花粉症の患者が、スギの開花期が終わっても症状が長引くのは、スギに続くヒノキの開花期にもアレルギー症状が出るからである。

 三好氏は、枯草熱についても触れる。

 「イギリスでは、森林は9パーセントしかなく、45パーセントを牧草地が占めています。かつて、ロビンフッドやアーサー王が活躍した時期の森林は消滅してしまいました。それは、大英帝国が七つの海を支配した時期と重なります。木造の軍艦一隻を建造するためには、樹齢100年以上のオーク(ナラの一種)の大木が2000本必要でした。さらに、19世紀初頭のナポレオン戦争が、森林の伐採に拍車をかけました。その跡地を牧草地にして、カモガヤを主体とするイネ科の牧草が植えられた結果、世界初の花粉症が起きたのです」

 スギ花粉症の全国的なアンケート調査では、有病者は約17パーセント。中でも、周囲を山に囲まれた東京都はもっとも多く、花粉症患者実態調査(2006)によると、都民の有病率は28.2パーセントと、調査を始めた1983年以降、毎年1パーセントの割合で増加中だという。

 森林を破壊し、単一植物を植えた結果が花粉症を起こしたとすれば、花粉症は自然界のアレルギー症状といえるかもしれない。


関連リンク: 索引 花粉症
  索引 取材・依頼原稿
  著書 スギ花粉症

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No.193
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