3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

公衆衛生情報みやぎ 〜その後の世界の花粉症調査(3)〜

三好 彰
三好耳鼻咽喉科クリニック
南京医科大学


はじめに

 1.今から四半世紀も昔、「大気汚染によるスギ花粉症増加説」の唱えられたことがあること、2.何の科学的な根拠もないのに明確に否定されることの無いまま、今日に至っていること、3.しかしそれらは私自身の確認する限りにおいては、たんなる錯覚と事実の歪曲に過ぎないことについて、「世界の花粉症調査(4)」で触れました。

 今回はこの仮説について、その後起こった事実を述べます。


大気汚染によるスギ花粉増加説とその検証

 原1980年前後のことですが、環境汚染が諸悪の根源みたいな扱い方をされた時期がありました。たしかにその当時、小川は廃棄物で汚れ、工場から立ち上る黒煙のせいか車両の排出物質のせいか空気は汚れ、スモッグが社会問題となっていました。

 そう言えば有吉佐和子の「複合汚染」が出版され、時代を象徴する用語としてイメージが浸透したのも、1983年のことでした。

 そんな雰囲気が背景にあったためでしょうか、一部の学者から大気汚染こそスギ花粉症(アレルギー性鼻炎)激増の原因であると提唱されると、それが定説であるかのごとく、すぐさま社会に受け入れられました。それは私も覚えています。

 けれどもこの仮説が提言されて四半世紀が過ぎ去りましたけれども、いまだに確定的な証拠は挙がっていません。

 それに世界中の議論を見渡しても、大気汚染による花粉症増加説を裏付ける論文は、まるで見当たりません。

 それはどうしてなのでしょうか?

 そもそも大気汚染とスギ花粉症(アレルギー性鼻炎)増加との関連に触れた論文は、日光における通行車両増加とスギ花粉症増加について論じた、日光在住の小泉一弘氏ら東大物療内科のグループのそれと、東京都と岩手県でアレルギーに関する調査を施行し、前者でアレルギーの頻度がより高いとした、東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科の兼子順男氏らの論文が最初でした。

 彼らの一連の論文は、大気汚染によるスギ花粉症(アレルギー性鼻炎)激増説の根拠として、これまでに多数引用されて来ました。

 これらのうち小泉氏らは、数年ごとに日光周辺の住民のスギ花粉症調査を行ない、時代の経過とともに花粉症の頻度が増加していることを、報告しました。そしてその増加傾向が、ちょうどいろは坂を通行する車両の通行量増加に応ずるように増えていたのです。

 小泉氏のグループは、いろは坂を通行する車両のディーゼル排出物質(DEP)が問題と推測し、動物実験を行ないました。

 小泉氏らが、スギ花粉症の増加に車両通行量の増えたことが影響していると考えた理由として、もう一つの現象が挙げられます。

 スギ花粉症そのものが増えたのは、もちろんスギの木から落下する花粉の量が、近年増加したためです。原因が増えれば結果も増えるという、ごく当たり前のことですけれど。

 ところが日光での観察では、山奥のスギ花粉の量のすごく多いところでは、車両の通行量の少ないせいか花粉症の頻度は少ないのです。逆に通行量の多い国道沿いでは、スギ花粉落下量は少ないのに、花粉症ははるかに多く発症するのです。

 いろは坂での車両通行量の増加とスギ花粉症の増加に加えて、こうした通行量と花粉症発症との関連を観察した小泉氏らは、日光を多数通行しているディーゼル車の、DEPにその原因があるものと推測しました。

 実際の小泉氏らの動物実験ですが、マウスの腹腔内にスギ花粉を注入する場合、花粉成分だけのときよりもDEPを混合して注入した方がIgE抗体の産生は多く、つまりアレルギーのより強く生じることが判りました。

 小泉氏らはこうした結果から、DEPにはアレルギーの反応を亢進させる作用(アジュバント作用)があり、それが実際の日光などの車両通行量増加地区におけるスギ花粉症激増の原因となっているものと、想像しました。

 この推論が、大気汚染によるスギ花粉症増加説の、原点となっているのです。

 私たちはそれに対して、「世界の花粉症調査(4)」に書きましたように、北海道白老町の小中学生全員の疫学調査の結果を解析しました。

 この白老町では、国道沿いに小中学校が並んでおり、それらの学校は大きく3つの群に分けられます。まず東から、苫小牧市に隣接する大気のきれいな社台・白老地区。ここには全国の競走馬の産地として有名な社台の、牧場が密集しています。大気汚染と無縁の世界であることは、容易に想像できます。

 ついで、旧・大昭和製紙工場の存在する荻野地区。ここでは24時間・365日連続測定の、大気分析装置が工場に向かい合うように設置されており、こうした大気の汚れは住民の関心の的となっています。なにしろ製紙工場の空気浄化装置の発達する前は、白老町の周辺にまで工場の臭気が漂っていたと聞きます。

 もっとも西に位置するのが竹浦・虎杖地区で、その西隣は登別市です。この地域では住宅の密集や工場設備は見られず、大気汚染は話題になりません。

 大気汚染によるスギ花粉症などアレルギー性鼻炎増加仮説に従うなら、製紙工場のある荻野地区でもっともアレルギー検査の頻度が高くなるはずです。しかし私たちの実際の調査結果は、これら3地域のスクラッチテスト(アレルギー学的皮膚検査)はまったく同程度であることが判りました。しかも、自覚症状や鼻粘膜所見なども加えて判断されたアレルギー性鼻炎との診断例も、3地域で頻度に差は見られなかったのです。

 大気汚染は本当に、スギ花粉症などアレルギー性鼻炎の増加要因だったのでしょうか?


従来説への疑問(1)

 前述の小泉氏らの調査結果からは、大気汚染のひどい地域の方が空気のきれいな地域よりもスギ花粉症が多く、DEPなどによる汚染大気が、アレルギー性鼻炎を悪化せしめている、とのことでした。

 それに対して私たち自身の白老町における調査結果では、製紙工場による大気汚染地区と空気の澄んだ地区との比較で、アレルギー性鼻炎の頻度にまったく差は見られないないという結論となりました。

 そんな目で小泉氏らの論文を読み返すと、意外な推測が成り立ちます。それは小泉氏らの調査では当初から、「車両の通行量増加に伴って花粉症が増加する」、そして「通行量の多い地区では花粉症が多発する」と明確に記載されていることです。

 と言うことは、もしかすると落下したスギ花粉を通行車両のタイヤがもう一度空中に巻き上げ、人の鼻粘膜に触れる花粉の量が2倍・3倍となっていると想像することもできます。原因物質(アレルゲン)であるスギ花粉が増えれば、結果であるスギ花粉症(アレルギー性鼻炎)が増加することは、これまで私が繰り返し主張してきた原則です。

 日光のいろは坂でも、小泉氏ら自身の書いたように通行車両が増加し、その巻き上げる落下花粉が何回も人の鼻に吸入され、花粉症を悪化させている。すなわちDEPが直接の犯人ではないと、考えることもできます。

 以上、確認ですが、1.日光のいろは坂において車両の通行量増加に一致してスギ花粉症が激増したこと、2.日光ではスギの多く車両通行量の少ない山中よりも、花粉の落下量は普通だが通行量の多い国道沿いの方が、スギ花粉症の頻度は高いとされること、3.しかしそれは調査した小泉氏らの主張するようなDEPの影響よりも、通行車両の車輪が落下花粉を再び巻き上げ人間の鼻粘膜に何回も接触するためであるらしいこと、についてここまで述べました。

 私たちのこの説を証明するには、けれども次の事項をはじめに証明しておかねばなりません。

 それは、1.花粉などアレルゲンに接触する量もしくは時間の増加するほど、花粉症(アレルギー性鼻炎)の頻度が増えること、2.その増加は異なる被験者群を較べた場合だけでなく、同一の被験者の経時的変化を観察し確認してあること、3.逆にアレルゲンの接触が減少すれば花粉症の頻度は少なくなること。この3条件です。

 このシリーズでもすでに触れましたが、アレルゲンの増加と花粉症などアレルギー性鼻炎の頻度については、白老町や栃木県栗山村で私たちが実証したデータがあります。全町内の小中学生についての調査で、年令の上昇するほど花粉症(アレルギー性鼻炎)の頻度は増加していたのです。この年令に伴う頻度の増加は、何年間も同じ児童を追跡した調査でも確認され、同一被験者でも同じ傾向であることが判りました。すなわち、個人差つまりDNAの相違のために花粉症やアレルギー性鼻炎の頻度が異なる訳ではないのです。

 それとは逆に、花粉の量が減少した場合に花粉症などアレルギー性鼻炎の症状が軽くなる、そんな現象が実在すれば、私たちの推理は証明されたことになります。

 実は私たちの共同研究者である、中村晋前大分大学教授のデータがあります。中村前教授は大分大学在学生を対象に、1年生の時点と4年生になってからの2回、アレルギー学的調査を実施しています。この結果、スギの多いことで知られる大分大学在学中にほとんどの被験者で、1年生よりも4年生になってからの方が、スギ花粉症の頻度は高いことが判りました。

 ところがそれにも関わらず、1993年細川内閣が初の外米輸入に踏み切った冷夏の翌年、その影響でスギ花粉飛散のすごく少なかった94年春の調査では、4年生の花粉症発現頻度は91年の同一被験者の1年生時より少なかったのです。

 つまりこれまで記載したように、アレルゲンに接触するその量や時間が増加した場合には、花粉症などアレルギー性鼻炎の頻度は増える。しかしアレルゲンの量が少ないと、花粉症の発現頻度は減少する。こうした原理原則は間違いのないことが、改めて立証できたことになります。

 こうして見ると、日光におけるスギ花粉症の増加も、花粉の量や接触時間に無縁でなさそうですし、激増した通行車両の車輪による花粉の再飛散が、それらの原因として疑われることも理解できます。

 ただし小泉氏らは、マウスの腹腔内にスギ花粉とDEPを注入し、この両者を併せて注入した際にはスギ花粉単独のときよりも、アレルギー反応の強く起こることを、実験で証明しています。これは、大気汚染説の根拠とはなり得ないのでしょうか。

 DEPの粒子状成分は、実は炭素です。そして小泉氏ら自身の実験でこの炭素は、スギ花粉成分を付着し保持する能力を持っていることが判りました。

 スギ花粉を単独で体内に投与したとしても、それはすぐに排泄され多量の抗体はできません。逆にDEPを単独投与した場合には、その成分は炭素ですから投与された局所に長く留まるかも知れません。けれどもDEPだけでは、IgEを産生しません。それに対してスギ花粉成分とDEPを同時に人体に注入したならば、スギの成分のしみ込んだDEPは排出されずにそこに残存し、長期にわたってスギ花粉成分を放出し続けるでしょう。

 一方、私たちの共同研究者である高橋裕一山形県衛生研究所主任研究員は、空中の花粉成分の飛散状況を分析しました。そしてシーズン中の大気中には、スギ花粉そのものだけでなく、花粉成分を吸着した微粒子が多量に浮遊していること、この微粒子はDEPである可能性の高いこと、を報告しました。

 ですから、DEPにはアレルギー反応を亢進させるアジュバント作用がある訳ではなく、単に花粉成分を長く空中や体内に保持し、その結果鼻粘膜などにおけるアレルギー反応を、長期化させているに過ぎないのです。

 なお、DEPのアジュバント作用については、その理論的背景となる論文が1つも無く、単なる空想に過ぎないことを付け加えておきます。


従来説への疑問(2)
図4:白老町89-97年度間における同一児童生徒のスクラッチテストの陽性率
図1
画像をクリックすると
拡大図がご覧いただけます
 
図4:白老町89-97年度間における同一児童生徒のスクラッチテストの陽性率
図2
画像をクリックすると
拡大図がご覧いただけます

 さて、大気汚染による花粉症もしくはアレルギー性鼻炎増加説を唱えていたのは、もう一つには東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科のグループでした。彼らは東京都と岩手県とでアレルギー学的調査を施行し、前者のアレルギーの頻度が後者より高かったことから、大気汚染地域に花粉症などアレルギー性鼻炎が多発すると報告しました。そしてことに1980年の論文(図1)で家塵(HD)・ブタクサ花粉・スギ花粉について、大気汚染地域の増加が著しいと記しています。

 しかし彼らの論文を詳細に読むと、論理の矛盾が目立ちます。

 彼らは1979年(図2)・80年と続けて大気汚染論文を発表しているのですが、その実際の数値を確認すると、東京都で多いのはHDのアレルギーのみでむしろブタクサは、岩手県の頻度の高いことが判ります。

 加えてもっと不思議なのは、彼らの80年論文にはHD・ブタクサ・スギについて調査を施行した、と明記してあります(図1)。

 ところがその80年論文をどんなに詳細に検討しても、スギ花粉についての陽性率が記載されていません。HDとブタクサについては、具体的な数値が盛り込まれているというのに。

 さらに奇怪なのは、80年論文の原型とも言える79年論文には、より詳細なデータとともに「検査に使用したアレルゲンは室内塵(HD)とブタクサであり、この両者による鼻アレルギーの頻度は我国において1・2位を占めており」と書かれていることです(図2)。

 つまりスギ花粉については、まったく検査がなされていません。

 大きな疑惑がここに生じます。

 今日の日本で、スギ花粉症などアレルギー性鼻炎が大気汚染のために激増したのではないかと懸念される根拠の元となる原論文に、スギ花粉症と大気汚染の関連につき正確なデータがまるで記載されていないのです。

 どうして慈恵医大耳鼻科は、スギ花粉症と大気汚染とに関して調査を実施してあったように、80年論文(図1)には記さねばならなかったのでしょう。

 それは私がすでにご紹介したように、この日本でスギ花粉症が社会問題化したのが1979年であったことを指摘するだけで十分でしょう。

 すなわちそれ以前の日本で、アレルギー性鼻炎の原因として重要なのはHDとブタクサ花粉であって、スギ花粉は話題にならなかったのです。ですから彼らの79年論文(図2)はそれまでのHDとブタクサ花粉についての調査のみで、内容的に不備はありませんでした。けれども79年春のスギ花粉大量飛散以後、スギ花粉についての調査なしにアレルギー性鼻炎を論ずることはできません。

 79年に発表された彼らの論文は、彼らがその時代からとり残されてしまった現実を、証明しているようなものです。

 79年論文とまったく同内容のデータをもとにしているにも関わらず「アレルゲン皮内検査(HD・ブタクサ花粉・スギ花粉)」と、スギについても記載されている80年論文の中身は、そんな彼らのとり残されまいとする焦りと、完全に無関係なのでしょうか?


学会における激突と意外な告白

 ところで1997年には、スギ花粉症の議員たちによる通称「ハクション議連」の提案で旧科学技術庁により、「スギ花粉症克服に向けた総合研究」研究班が立ち上げられました。奇妙なことに、年間3億円もの予算を確保したこの研究班の班長は、79年論文と80年論文の双方に名前を列ねている慈恵医大耳鼻科の遠藤朝彦氏でした。

 また、1999年に都知事となった石原慎太郎氏は、ススの入ったペットボトルを振りかざし「花粉症などの現代病の原因の1つにも排気ガスによる大気汚染があげられている」(“「宣戦布告」NETで石原慎太郎”のHP[http://www.sensenfukoku.net/policy/kankyo/]より)として、ディーゼル車の規制に踏み切りました。

 なお、このススは、DEPの粒子状成分、つまり炭素そのものです。

 2000年4月24日付けの産経新聞は、「石原知事が(中略)ディーゼル規制で東京はじめ都市から花粉症をなくす案を選挙公約にするよう(小渕恵三首相に)建言する予定」であると報じました。

 都の研究所の職員の中には、慈恵医大の論文についてのちょうちん論文を書く人間すら現れました(黒田洋一郎「科学を読む桝蜍C汚染も花粉症の一因」朝日新聞2000年4月12日掲載)。

 こうした動きに疑問を感じた私は、前述の疑問点を2002年出版の増補改訂版「みみ、はな、のどの変なとき」(当院のHPで閲覧できます)に記して慈恵医大耳鼻科教授の森山寛氏へ送り、回答を求めました。しかし返事はもらえませんでした。

 やむを得ず私は2003年の日本耳鼻咽喉科学会総会に、「アレルギー性鼻炎と大気汚染」の演題を提出し、その中に慈恵の論文は「データの捏造の疑いがある」と敢えて明記しました。

 私のこの発表は、2003年5月22日になされました。当日、100人定員くらいの小会場にはギャラリーが3倍余りも押し掛け、会場へ足を踏み込めない会員もいました。後から考えると会場内のギャラリーの3分の1くらいは、慈恵医大の関係者だったような気もします。

 そして、私の発表に対する慈恵医大耳鼻科の反応は、誠に奇妙なものでした。

 宇井直也氏という、平成7年度卒業の若手が慈恵を代表して立ち上がり、いきなり用意してあった声明文を長々と読み上げたのです。しかもその内容ですが、発表の論点であるスギ花粉に対する調査の信頼性にはまったく触れません。宇井氏は、日耳鼻総会という神聖な場で「捏造」との用語を使用したことは学会の品位を傷つけ、遺憾であると「声明文」の中で強硬に主張するのです。

 ちなみに、学問上の論争でのこの用語の使用は、法的にまったく問題ありません。

 座長はその当時慈恵とともに唯一、大気汚染とスギ花粉症の関連について発表していた、大阪医大耳鼻科教授の竹中洋氏でした。竹中氏は宇井氏の質問に応じるように不可解な笑みを浮かべて、「では、お答え頂きましょう」と私に催促します。

 宇井氏と竹中氏との密な連携を観察した私は、強引に話題を捩じ曲げました。「お答えする前に、私が森山慈恵医大教授に対して行なった質問に対して返答を頂きましょう。いったいスギ花粉に関する調査を実施したんですか?79年論文と80年論文とは食い違っていて、実際には調査していないように読み取れますよ」と。

 それに対して突然、慈恵の遠藤朝彦氏が立ち上がって発言しました。繰り返しますが、この遠藤氏は旧科技庁の「スギ花粉症克服に向けた総合研究」班研究の班長だった人です。「やってありますよ。ここに持って来ていますよ。後で見せますよ」と。

 「判りました。お互いに生データを見せあうことにしましょう」と私は応じ、議論はいったん決着しました。

 結果的に中途半端に議論が終わった後、遠藤氏が私に手渡した紙切れは、もちろんスギ花粉調査データとは無関係の印刷物でした。

 その直後、なんと会場の外で私は、79・80年両論文の筆頭著者である慈恵の兼子順男氏本人に呼び止められました。そして兼子氏はこう、私に告げたのです。

 「良く気が付いたな。普通はざっと読んで読み過ごすところなんだがな。つい、(スギ花粉と)書き加えたんだよ。当時は、そういう時代だったんだ。だがな、これまでは良かったんだぞ。おれたちだけが相手だったからな。これからは慈恵全体が相手だからな。」

 私は、開いた口が塞がりませんでした。(図3)

図4:白老町89-97年度間における同一児童生徒のスクラッチテストの陽性率
図3

 


2003年5月26日

 それにしてもなぜ5月22日という日に、慈恵医大耳鼻科は必死になって私をやり込めようとしたのでしょうか。

 その回答は4日後に出ました。

 日経エコロジーのHP(http://nikkeibp.jp/style/bizinno/eco/article20030527.shtml)には、次のように書いてあります。

 「環境省は(2003年)5月26日、大気汚染と花粉症の関連性を解明する調査について、2002年度分の結果を発表した。(中略)ディーゼル排気のうち、粒子状成分が関与している可能性が高いことがわかった。(中略)スギ花粉症がスギ花粉の飛散数によって影響を受けることが明らかになったが、大気汚染がスギ花粉症を悪化させるという明確な結論は得られなかった。(中略)環境省は追加調査を行なうこととしている。」

 まるで私の主張をそのまま裏付けるような内容だと、読み取れないこともありません。

 そう言えばそもそも、環境省の調査の開始されるもととなった論文は、慈恵の79・80年論文です。ですから、環境省の報告の出される4日前に真相を暴かれることはどうしても避けたかった、・・・なんてことはもちろんあり得ないですよね。

 なお例の声明文の、平成7年度慈恵卒の宇井氏からは、ややあってこんな手紙が届きました。

 「当該の論争の素データも現存していません。4年前に破棄しております。」

 つまり慈恵の遠藤氏が叫んだ「ここに持って来ていますよ」との言葉は、真実ではなかったことになります。


結末

 2004年3月、国立環境研究所は環境省委託事業として2003年の動物実験の結果を公表し、DEPにより「アレルギー反応が増悪する可能性が示唆された」(国立環境研究所HP)と表現しました。つまり最終的に、DEPとスギ花粉症やアレルギー性鼻炎との関連は想像に留まり、現実には確認できなかったことになります。

 そう言えば、現実に厳しいディーゼル排気規制を実行した東京都では、スギ花粉症が減少したでしょうか。なお東京都の今年の春のスギ花粉飛散数は、観測史上最大でした。

 ここにお見せするのは、2005年5月2日の産経新聞掲載の石原都知事の文章です。

 「かくして私もようやく流行に追いつき、生まれて初めて花粉症の被害者とあいなった。私だけではなしに、同道していた屈強のSPまでが同じ症状となった。」

 ディーゼル排気規制の花粉症に対する絶大な効果が、実に良く理解できるような気がします。


おわりに

 ここまで「世界の花粉症調査(1)〜(7)」および「その後の世界の花粉症調査(1)〜(3)」において、私たちのこれまでの研究成果についてご説明しました。

 そして抗原抗体反応である花粉症やアレルギー性鼻炎の増加は、原因(アレルゲン)の増えたことが背景にあるのであり、その他の俗説は根拠に乏しいものであることを、明らかにして来ました。

 さらにこうした検証には疫学調査という地道な手法が、実に有効であることも実証しました。

 これら一連の私の連載が、少しでも皆様のお役に立つようでしたら、誠に幸いだと思っています。


公衆衛生情報みやぎバックナンバー
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(1)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(2)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(3)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(4)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(5)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(6)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(7)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜ピアスの白い糸〜
公衆衛生情報みやぎ 〜その後の世界の花粉症調査(1)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜その後の世界の花粉症調査(2)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜その後の世界の花粉症調査(3)〜

講演「アレルギー性鼻炎と大気汚染」についてはこちらから
スギ花粉症 〜レーザーとソムノプラスティによる新しいアプローチ〜

関連リンク:3443通信/2006年1月号 花粉症の都知事、鶴の一声(東京新聞 05.11.20)

関連リンク: 用語集 花粉症

新 花粉症なんでも掲示板
講演についての書き込みがあります。
 
トップページへ 前ページへ